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大泉一貫の農業経営者論

農業経営者の市場戦略

農業経営者は市場に対応することによって自らの存立条件を確固としたものとする。しかし農業への市場原理の導入に関しては、一時ほどではないが必ずといっていいほど批判が待っている。
1 市場原理と農業経営者



 農業経営者は市場に対応することによって自らの存立条件を確固としたものとする。しかし農業への市場原理の導入に関しては、一時ほどではないが必ずといっていいほど批判が待っている。「農業は市場原理とはあわない」といったたぐいのものである。「市場は弱肉強食の非情な社会だ」として市場経済化に反対を唱える農業経済学者もいる。新食料法制定の頃「新食料法ははてしなき米価の乱高下に農民を陥れてしまう」からやめるべきだ、とした意見などがその際たるものである。市場の多様性を認めない議論だし、なによりも政府の市場政策への過小評価がそこにはある。

 大事なのは市場を通じその時々で健全な社会を作ることである。売れない物を作り圧力をかけ価格を維持するというのはやはり健全な社会とはいえない。市場を通じて消費者や社会の動向を生産者に伝え、そのかわり市場原理によって失うもの(経済学では「市場の失敗」という)があればそれを政策的にすなわち財政的手法によって補填するという社会の方が国民には受け入れられやすいものとなる。それらは市場政策と呼ばれるが、市場政策を公的な名の下で行うためにも市場原理の適用が必要だと私などは考えるのである。ただ市場批判にはもっともなものもある。しかしそれは今のところ杞憂や懸念にすぎないものが多いし、あるいはセーフティネットなどの市場政策を準備しておけば足りるものもある。批判の多くは観念的なものである。批判が観念的になるのは、「市場」という存在自体が観念的でかつまた多様だからでもある。

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