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【大泉一貫の農業経営者論】
市場社会を生き抜け 政府のセーフティネットと経営者のリスク管理
- 東北大学農学部 助教授 大泉一貫
- 第18回 1999年12月01日
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1 市場原理と財政原理
本年7月に成立した「食糧・農業・農村基本法」のシャドーコンセプトは市場原理の一層の浸透である。消費者ニーズに沿った農産物生産を促し、そのことを持って食糧自給率の向上を図ろうとするのが法律の基本理念の一つだが、消費者のシグナルを市場原理を用いて相互に伝達しあうのがもっともいいとする発想である。
とはいえ農業には市場原理に馴染むものとそうではないものとがある。その馴染まないものに関しては、政府が自らの財政的措置を持って対応しようとするのが法律のポイントである。
食糧自給率の向上、農業の多面的機能の維持・増進、中山間地の活性化や農村の振興。こういった事柄が政府の役割として列挙されている。農業の多面的機能とは、国土保全機能や洪水防止機能、景観保持機能や保養機能など、農業が存在することによって国民が得られる外部経済効果を指す。これらの価値は農産物価格に反映できるわけではないので市場原理では対応できないとするのが法律のスタンスである。
またこのことは先月から本格的にはじまったWTO閣僚会議の重要な主張の一つとなっている。市場原理一辺倒で農産物貿易を律しようとするアメリカ、オーストラリアやカナダなどのケアンズグループに対し、農業の外部経済効果である農業の多面的機能を保持する観点から農産物貿易を考え、その視点から国内農業生産をとらえようとするのが、日本をはじめ、EUやノルウェー、韓国など8か国の提案である。
中山間地問題などの地域政策も、農産物を市場目当てに販売したから何とかなるという性格のものでないことも理解できるところであろう。今後人口減少が続くと予想されうる我が国で、国土全体にバランスよく人々が住み続ける為の定住政策は、都市の過密に対処しながら住空間を作ろうとする政策に劣らず重要な課題となってくる。少人数でも豊かに暮らせる農村住空間の確保は、そうした意味ではまさに21世紀の課題といっても言い過ぎではないのである。農業政策にはこのように農業や農村のあり方を哲学的なところまでさかのぼって考えるべき重要な課題が存在しており、それらは単に市場原理に任せていいというものではなく、やはり政府の役割として国家のあり方との関連で対処していく必要がある。その意味で国民的コンセンサスを得るために政府が果たす役割は、将来大きくなっていくであろう。
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大泉一貫 オオイズミカズヌキ
東北大学農学部
助教授
1949年宮城県生まれ、東北大学卒業、東京大学大学院修了。農学博士。現在東北大学農学部助教授。専門は農業経営学、農業経済学。柔軟な発想による農業活性化を提唱。機関車効果や一点突破、客車農家など数々のキーワードで攻めの農業振興のノウハウを普及。著書に「農業経営の組織と管理」、「農業が元気になるための本」いずれも農林統計協会、「一点突破で元気農業」家の光、「いいコメうまいコメ」朝日新聞、「経営成長と農業経営研究」農林統計協会など。
大泉一貫の農業経営者論
政府による啓蒙・指導そして保護と支配の元に生きてきた「農民」が、「農業経営者」として自ら農業の経営主体の位置に踊り出してきている。しかし、農業界を含めて人々の農業や農業経営についての認識は、従来からの「農民的農業」の論理から解き放されているとは言い難い。研究者として農業経営学への新たな理論構築とともに、各地の農業経営者や関連産業人たちとともに農業の新時代を育てる実践的活動に取り組む大泉一貫氏に、農業経営者のための農業経営論を展開していただく。
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