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マーケットの支持を受けてこそ
鈴木が始めた「ままや」の団子は、ただの団子ではない。慢性腎不全患者の食事療法に有効だとされる低タンパク米「LGCソフト」を餅加工した団子なのである。コメに含まれるタンパク質のうち、消化されやすいグルテリンが少ないという特性を持った品種である。もちろん、栽培管理も、同品種を育種した近畿中国四国農業研究センターなどによる指導に基づいて行なっている。
低グルテリンという機能を持ったLGCソフトに、鈴木はもうひとつの面白い機能を見つけ出した。うるちでありながら、特殊な加工方法をとると餅と同じ食感になるのだ。それを鈴木は「うる餅」と呼び、本来の餅は「もち餅」というのだと笑う。
ただ餅として売るのでは面白くない。それを団子に加工すれば、周年で売れる。試食してみても、これがうるち米で作られたものとはにわかには信じられない。まだ開店一週間にも満たない頃の訪問であったが、子供連れの母親や、中学校で陸上の選手だという少年が、その機能を知って買い求めに来ていた。
かつて農業は誰でもできる技術を国や県が作り、農民が農業労働に従事して暮らしをまかなうというものだった。食管法が廃止されたとはいえ、農民のほとんどが農業に依存しないライフスタイルになった今も、農業の世界を支配する意識は変わっていない。そんな旧態依然とした世界と豊かな市場社会とのギャップが、コメ流通が大混乱する昨今の状況をもたらしているのだ。
鈴木がそうであるように、農業は誰もができることではなく、他人にはできない経営の工夫や技術、あるいは差別化を図れる人々だけが活躍する時代になっている。農業や生産者の立場を、いかに政治的、制度的に守ろうとしても、マーケットや顧客の支持を得られない限り、それは不可能なことなのである。そうした旧体制の抵抗がなくなれば、コメ農業にもまた大きなビジネスチャンスが生まれてくるだろう。そして、どのような制度的な縛りがあったとしても、鈴木のような事業者の登場が、日本のコメ農業を変えていくのだ。
新たな時代の預言者
筆者は鈴木のような人物に出会うたび、村に産み落とされたまま生きる多くの農民たちの中で、時代の変化に気付き、自ら新たな時代に生まれ直す人々の葛藤を感じてきた。
鈴木は村の破壊者なのだろうか。決してそうではない。彼は地域の中に生きる時代の預言者なのだ。それは誰にでもできることではない。彼のような人物こそが、村に新しい可能性をもたらすのだ。
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鈴木博之 スズキヒロユキ
(有)農作業互助会
代表取締役
福島県大玉村。1950年、福島県生まれ。1976年、機械の共同利用と作業請負をする任意団体を設立。1984年に(有)農作業互助会を法人化する。1988年に債務清算のため、資産が競売に掛けられそうになるが、農協を訴え、裁判所の和解勧告を得て危機を脱する。以後、コメの生産、集荷、小売事業で経営を再建。現在、低タンパク機能性米の商品開発を軸に、コメの付加価値化販売を図っている。コメの生産面積は自作地・借地含め約13ha。このほか約30haの作業請負を行なう。
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