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新・農業経営者ルポ

自ら選ぶ道、困難も夫婦ならさらに面白し

山形県庄内地方は、稲作地域にあって水田はわずかしかない。他人から見ればハンデと思われる経営条件にいればこそ、畑作農家として成長した叶野幸衛。その農業経営者としての生き様は、誰に頼まれるからでもなく、自らやりたい道を疑問なく突き進み成功する経営者の典型的な姿ともいえる。取材・文/昆吉則 撮影/北川奈津子
「そこに山があるから」

 山形県鶴岡市(旧表記では東田川郡藤島町)にある叶野幸衛(57歳)は、自宅の玄関先から月山の頂上まで全行程を歩いて登ったことがある。夜中の12時に出発し、頂上に着いたのは夕方の5時。約17時間かかった。雪のない季節ならもっと短時間かもしれないと叶野は言う。庄内農業高校定時制4年の春、スキーにテント、それに数日分の食料など60kgの荷物を背負っての単独行だった。

 なぜ、そんなことをしたのかを尋ねると、叶野はとぼけた顔をして、でも少し嬉しそうに言った。

「やって見たかったから」

 英国の登山家ジョージ・マロリーが、なぜエベレストを目指すのかを問われて、「そこに山があるから」と答えたという逸話がある。他人から見れば、およそやろうと思わないことに一所懸命になり、そしてそれを達成した者に、人は拍手を贈る。そこに人生のロマンを感じるからだろう。人がこの道と定めた人生を歩むことも、ただ頂上を目指すことと同じなのではあるまいか。経営者になることもまた同じである。

 人が経営者として何事かを始めるのは、ただ何事かを実現したいと思えばこそのことである。誰かに頼まれるからではない。ただやりたいからやるのだ。事業である限り利益は必要であるが、彼にとってそれは目的というより、夢の実現のための手段であり、結果に過ぎない。むしろ、そんな強い思いを持つ者であればこそ自ら学び、また、そんな彼には人の助けも与えられるものなのだ。叶野の農業経営者としての人生にはそれが見える。

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