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新・農業経営者ルポ

自ら選ぶ道、困難も夫婦ならさらに面白し

 さらに苦労があった。茨城の読者である石川治男から機械を借りることはできた。茨城の収穫時期は7月下旬。山形の山の上なら収穫はお盆前後から。機械のリレーができる。石川は機械を貸してくれただけでなく、ハーベスタを使うためのロークロップタイヤの購入にあたっても、安く調達する機械屋との交渉をしてくれた。

 しかし、筆者が迂闊であった。ハーベスタは借りることができても、大型ハーベスタで使う大コンテナの準備が地元ではできなかったのだ。叶野はハーベスタの排出コンベアの後にミニコンテナを重ねて置き、そこにイモを受けて収穫していったという。それを人力で荷役したわけだ。大変な重労働であったはずだ。

 しかも、初めてのイモ作り。よほど砂地の土壌でない限り、初めてポテトハーベスタでの収穫をすると、ほとんどの人が土塊に悩まされる。植え付け前に砕土率を良くしておくというのが、ハーベスタ収穫の鉄則なのである。砕土が悪いとコンベアに上がる土塊が多くなり、イモの選別どころではなくなるからだ。

 でも、それは経験者の指導がなければ想像のつかないことだ。あの叶野夫妻でなければ、きっとくじけて収穫を放棄してしまったのではないだろうか。

 収穫が終了したのは10月の中旬になってからだった。そこまでイモが腐らずによく持ったものである。

 この逸話のなかに、叶野の農業経営者としての成功の理由が示されていると思う。

 そもそも叶野は、タバコの生産者として何度も日本たばこの表彰を受けるような農家だった。一時は1.2haまでタバコの栽培面積を増やしたこともある。やがて経験を積んで土壌管理を徹底し、栽培技術も高めていくうちに、50aに縮小してもかつてに勝る高い収益を挙げられるようになっていった。

 にもかかわらず、叶野はあっさりとタバコを止めてしまう。彼は日本たばこの担当者が引き止めに入ったほどの生産者だった。

 叶野がタバコを止めると決めた理由は、タバコ作りの忙しさもあるが、「人を不健康にする作物を作るのは農業者として選ぶべき道ではない」ということだった。

 それが叶野の農業経営者としての”経営理念”というべきものだろう。


やると決めたらトコトン

 筆タバコを止めようと考えていた矢先、農協で生協からの発注があることを聞いて始めたジャガイモなのである。大変な苦労をしたが、その年も叶野は生協と市場出荷で4ha分のイモをすべて売り切った。

 やると決めたらトコトンやる。経営情報を集めるのに叶野ほど熱心な農家も少ない。本誌の研究会をはじめ様々な研究会に参加し、詳しい人がいれば教えを乞いに訪ね歩く。自らも試行錯誤をし、必要な投資も惜しまない。そして、一旦始めたら、どんな困難にもめげずにやり抜く。困難とは後で思い返すものなのであり、渦中にいる本人は目的の達成に夢中になっており、その困難さにすら気付かない。

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