ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

特集

青果の真のおいしさを追求する都心の小売業

都心のコンビニエンスストアのカット野菜がヒットしてから久しい。しかし、一方で、本来のおいしさをもつ野菜や果物を選び、家庭で料理し、より良い食事をとろうとする人々もいる。そのような人々の期待に応え、本来のおいしさを持つ青果を顧客に届けようと、こだわりを持ち続ける小売業の取り組みを紹介する。(文・写真/平井ゆか)


福島屋

閑静な住宅街が広がる東京・羽村市に本店を構える福島屋は、自然農法のコメや野菜を産地から直接仕入れ、店内でつくったお弁当やお惣菜を販売している。
羽村駅から徒歩5分。一戸建ての住宅に囲まれた場所に福島屋の本店がある。店内に入ると、右手には彩り豊かに整然と陳列された青果売り場が目に入る。左手には、ガラス張りになっているキッチンがあり、そこでつくったばかりのお弁当やお惣菜が並んでいる。また、奥には手造り感あふれるパンやスイーツ、精肉、鮮魚がやはり整然と置かれていた。
平日の昼下がり、年配の夫婦や、専業主婦らしき買い物客が、商品を手にとって見ながら、ゆったりと買い物を楽しんでいる。
福島屋は1971年に創業して以来、スーパー・業務用食品店、レストラン・カフェ、生花店、ケーキ店など、複合的な経営を展開してきた。また、産地を視察して農産物を生産者から直接仕入れ、生鮮品として販売するほか、惣菜や加工品の原料としても使用している。
その経営スタイルが同業者をはじめ、多くの関連事業者の注目を集めてきた。最近では、地方の小売業が相談する存在でもある。特に昨年、都心の六本木一丁目の駅ビルに店舗を構え、他業界からの視線も浴びている。
本誌で前回、福島屋を紹介してから5年。福島屋はマーケットと向き合い、いまだ変化することを厭わない。
代表取締役会長の福島徹氏は、昨今、マーケットにある変化を感じている。それは、従来の価値観とは異なるものであるという。今のマーケットをどう捉え、どんな青果や商品を提供していくべきだと考えているのか話を聞いた。

【企業概要】
株式会社 福島屋
1971年創業
本社・本店:東京都羽村市五の神3-15-1 
店舗:
スーパー・業務用食品5店舗、
カフェ・レストラン2店舗、
生花店2店舗、ケーキ店1店舗
(すべて東京都内)
http://www.fukushimaya.net/

オオゼキ

演劇と若者ファッションの街として知られる東京・下北沢。平日の夕方、オオゼキ下北沢店の前は、買い物客であふれ返っている。出入り口では幼い子供を連れた主婦や勤め帰りの会社員、年配者たちが、ひっきりなしに行き交う。
店内に入ると、奥半分の壁一面に青果が陳列され、その手前の平台に野菜が山盛りに積まれている。レジの前には、客が買い物カゴを野菜でいっぱいにして並んでいる。
オオゼキは、東京の世田谷、大田、品川など人口が密集する都心の駅前を中心に小規模から中規模店舗を展開し、生鮮を主体に勝負しているスーパーである。
創業者である佐藤達雄氏は1957年、世田谷区松原にわずか7・5坪の乾物屋を開業し、創業から8年後、生鮮品を主力としたスーパーマーケットに移行した。昨今急成長し、2000年との対比で店舗数が約3倍に増え、創業58年目となる現在、都内を中心に38店舗を展開している。全店舗合わせると、1日平均で、都の人口の約1%に当たる12万人が訪れる。
売上構成の約5割が生鮮3品(青果、精肉、鮮魚)であり、下北沢店の場合、売上の約23%を青果部門が占めるという。
青果の仕入れから値付け、売り場づくりまでの一連の業務を各店舗の部門担当者が熟考の上で自分の裁量ですべて行なうという徹底した「個店主義」を会社の方針としている。また、「喜客」の精神で、客の要望があれば一個でも取り寄せるというきめ細かいサービスをしている。
担当者たちは実際、どんな形で青果を仕入れ、毎日訪れる多くのお客様に青果をどう届けているのか話を聞いた。

【企業概要】
株式会社 オオゼキ
代表取締役会長兼社長 石原坂寿美江
1957年創業 1975年株式会社設立
本 社:東京都世田谷区北沢
本 店:東京都世田谷区松原
店 舗:東京都33店舗、神奈川4店舗、
千葉1店舗

関連記事

powered by weblio