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新・農業経営者ルポ

家族でできるからこその農業

 そして、現在の佐野は、静岡県の富士宮市で同市内外の量販店や生協への出荷に加え、農園併設の直売所での販売とイチゴ狩りのハウスを経営している。最大13台まで増やした自動販売機も今年からは廃止した。現在の生産ハウスは、地床ハウス52a、高設のハウス20aの計72a。イチゴの食味は地床が勝ると考える佐野は、食味の良さを重視する販売用には地床のハウスを使う。一方、摘み取りの観光果樹園は、冬の寒いなかでイチゴの香りと摘み取りの楽しさを楽しんでもらうためのもの。そのためには高設栽培にすべきだし、車椅子でも入れるようにと畝間も広く取っている。

 量販店や生協へは、決済こそ市場業者を通すが、朝取りにした完熟のイチゴを佐野が直接納品する。各店舗には「(有)いちごやさんの朝取りイチゴ」であることが写真と共に示されている。

 完熟にして出荷するため、棚に置ける時間は限られるし、過熟になればお客さんからのクレームも出る。しかも、スーパーの営業日に合わせて年末年始も毎日出荷せねばならない。しかし、だからこそお客さんの満足度は極めて高いのだ。

 さらに、量販店の棚のポップを見たお客さんが摘み取り園に来てくれる。佐野の摘み取り農園や直売所経営にとっては願ってもないことだ。それはお客さんや量販店にとっても価値がある。店にとっては佐野のイチゴ作りだけでなく、佐野という農家やハウスのことをお客さんに知ってもらうことで商品への安心を伝えることにつながる。さらに、お客さんにとっては売り場の棚を通してイチゴの摘み取りという楽しみまで体験できるのだ。お店の棚がイチゴに関するモノとしての情報だけでなく、摘み取り体験というコトの情報までも提供しているというわけだ。

 生産者と小売業者が協力することで、産地ならではの最高のイチゴをより多くのお客さんに楽しんでもらうことが実現した。佐野が地元出荷にこだわるのはハウス内で完熟させたイチゴを一刻も早くお客さんに食べてもらいたいから。そして、お客さんの喜ぶ顔を実感したいからだ。収益性もさることながら、それこそが農協まかせの出荷では受けることのなかった生産者としての感激なのである。


自動販売機がお客さんを呼び込む

 「経営者と呼ばれるのは、自ら営業に回り顧客開拓に努力するような人ではないんですか? 私なんか何にもしていないんですよ」と佐野は謙遜する。

 本誌ではかつて「作れるだけでは半人前」というというタイトルの特集をしたことがある。佐野もそれを見ていたのかもしれないが、この特集タイトルには異議を唱える読者も少なからずいた。筆者の意図は、売る努力もせずして「売れない」とぼやく農業者の、自らを問わぬ姿を批判したものだ。誤解を解くために言うが、本誌が「農業経営者」と呼ぶのは、マーケット(顧客)を自覚しえる生産者のことを指している。ただ単に規模や売上の大きな「単なる生産者」で済む時代は終わってしまった。農協や市場に白紙委任で出荷しても暮らしが成り立っていくのならそれでも良かろう。でも、そうした農家としてのあり方がビジネスモデルとして有効性を失ってきていることに気付くべきだし、単なる生産者に過ぎない存在を超えようという提案があの特集だったのだ。そのために顧客(マーケット)を自覚し、そこで選ばれていく我われとは何かを考えようと呼びかけたかったのだ。

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