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北海道馬鈴薯でん粉物語

動乱期から技術革新期の動向(大正時代後期~昭和時代~平成時代)

馬鈴薯とでん粉の流通

北海道の馬鈴薯の輸出は、第1次大戦から始まり、次第に量を多くしている(表1)。主たる輸出先はフィリピン、香港、満州、中国などで、なかでもフィリピンが多かったといわれる。食用としてはもちろんのこと、一部は種子用でもあった。
馬鈴薯でん粉の価格推移(大正7年~昭和19年)を表2に示した。時期別に変動を繰り返しているが、大正時代後期はキロ当たり20銭台であり、高値で安定していた。最も恵まれた時代といえよう。問題は昭和14年(1939)からの戦時統制期である。物不足もあって次第に高騰し、戦争末期の昭和18年、19年(1943、44)は異常な高値といえるであろう。
戦争が終わり、昭和26年(1951)ごろから生活も安定してきたが、戦後のインフレもあって物価はすべて値上がりし、戦前の常識は通用しない価格になってきている。昭和30年(1955)を過ぎると経済は高度経済成長期に入り、「もはや戦後ではない」などと言われるようになってきて、価格は少しずつ下落の傾向が見られる。
昭和29年(1954)~昭和60年(1985)の政府決定基準価格を表3に示した。馬鈴薯の収量も増えるが、馬鈴薯、でん粉ともに約30年の間に2.5倍ほどの価格になる。他の物価も値上がりしているので、とくに経済的に農家が恵まれたとはいえないが、馬鈴薯の収量が2.5倍になっているので、その分農家は豊かになったといえるであろう。栽培技術の改善が農家に利益をもたらし、馬鈴薯などの根菜類に農家は期待を寄せる。
表4は平成9年(1997)~平成18年(2006)の基準価格推移である。価格はそれぞれわずかずつ下がっているが、製品加工経費も下がっているので、農家はそれほど経済的にマイナスになっているようには思えない。農業が安定期に入っているといえそうである。

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