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新・農業経営者ルポ

でかい農業から、人と人とをつなぐ楽しい農業へ

千葉県神崎町で「こうざき自然塾」を主宰する鈴木一司は、かつて5人の生産者とともに農業生産法人「こうざきグリーンサービス21」を指揮して、コメ、大豆、小麦、ジャガイモなどの生産・販売を拡大していたリーダーだった。鈴木は国家の圃場整備事業によって作られた土地に最先端の機械を導入し、ピーク時で作付面積80haという大規模経営を実践してきた。ところが3年前、鈴木は会社と農地を手放しゼロからの出発を図る。それはホンモノの農作物をつくり、楽しい農業がしたいという動機に由来していた。鈴木のいう「楽しい農業」とは何なのか。取材・文/田中真知

 今さらながらだが、農業経営とは農場の資源をうまく利用して、農家が豊かになる道を探ることだ。そのために農家は市場の動向を見きわめて、必要な投資を行ない、経営形態の多様化や拡大をめざす。そうした経営センスが求められる時代だ。

 こうざき自然塾代表の鈴木一司もまた、そうした農業経営のリーダーだった。1995年、5人でつくった農業生産法人(有)こうざきグリーンサービス21は、初めは15haで水田転作の麦や大豆の栽培をはじめ、さらにジャガイモの契約栽培、ヤマトイモや黒豆、枝豆などをくわえて、耕作放棄された農地を借りて経営面積を拡大していった。

 若い頃から「でかい農業がやりたかった」という鈴木は最先端の農業機械を積極的に導入して、着々と経営面積を広げ、ピーク時には延べ作付面積80ha、売上は9000万を超えるまでに成長した。大豆の栽培・加工、さらに直売も行ない、年間を通して生産と販売を行なう仕組みもできた。いずれは売り上げ1億、面積も将来的に200haを目指そうという勢いだった。

 ところが、3年前の2008年、鈴木は13年つづけたこうざきグリーンサービス21の代表の座を退き、土地も会社も手放す。農業をやめたわけではない。一人に戻ってグリーンサービスの販売部門であったこうざき自然塾の代表として、新しい経営の形を作ろうとしている。やめたときは、自分の土地までグリーンサービスに5年契約で貸していたため田畑もなかった。長年の経験と信用はあったとはいえ、かぎりなくゼロに近い出発だった。

 最先端の農業機械を用いて「でかい農業」を目指していた鈴木が、どうして、そこから離れて、たった一人で再出発を図ったのか。経営は順調だったし、今後の成長の伸びしろもあった。にもかかわらず、鈴木はその路線を自ら外れることにした。それはどうしてなのか。


拡大路線型の農業より今できる「楽しい農業」をめざす

 「理由はいろいろあるのですが、一つには〈楽しい農業〉をしたいということがありました。日本は高度成長の波に乗って発展してきました。農業もまた多額の投資をして、大型の機械を導入して規模を拡大していく。そういう成長路線で発展すると考えられてきた。でも、無理に規模を拡大すると、お金はかかるし、機械をどんどん入れればその分故障も増える。それをメンテしたり買い換えたりするのに、また費用がかかる。そんなことばかりに気を使うようになると、何のために農業をやっているのかわからなくなります。そういう農業は楽しいと思えないんです」

 農業を趣味でやっている人や、エコロジー主義者の人が、このようなことをいうのならわかる。しかし、「でかい」「最先端」の農業を目指し、実際にその形をほぼ実現していた鈴木の口から、こうしたある意味「後ろ向き」な言葉が出てくるのは意外な気もする。鈴木はつづける。

 「拡大路線というのは、いわば作っては壊し、作っては壊しをくり返すようなやり方です。そこには終わりがない。苦労して機械を次々と導入し、苦労して農地を集める。そうやってがんばっていても今回のような原発事故があればどうなるか。5年先どころか来年どうなるかもわからない。それより無理に拡大しないで、今できる範囲の中で〈楽しい農業〉を目指したい。そうすればお金も使わなくていい。収入は減るけれど、逆にそのほうが楽しいし、本当にいいものができるのではないか」

 それはたしかに後ろ向きかもしれないが、むしろ積極的後ろ向きともいうべき方向を指し示しているようにも感じられた。その方向転換のきっかけの一つとなったのは、懇意にしている老舗の造り酒屋「寺田本家」の社長の言葉だったという。

 寺田本家は神崎町で330年つづく老舗で、現社長は23代目にあたる。今から25年ほど前に、経営危機や病気をきっかけに農薬や化学肥料を使わないお米で、無添加の酒造りを始めた。かつては醸造に機械を使っていたが、今では機械を使わずすべて職人の手作りでやっている。そうやって作った酒が評判になり、今では全国のファンから強い支持を集めている蔵元である。

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