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【江刺の稲】
自らを問える者にこそある未来
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第12回 1995年08月01日
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本誌に掲載する商品情報には原則としてメーカーの「希望小売価格」あるいは「標準的な小売価格」を明示するようにしている。「商品情報」である限り購入の目安となる価格は最も重要な要件の一つであるからだ。しかし、この読者の目安とするための「価格表示」に消極的なメーカーがある。
世間で「価格破壊」あるいは「流通革命」などという言葉が語られて久しい。しかし、農業関連業界の一部では「メーカー希望小売価格」を表示することを、流通への配慮からメーカーがためらっているという段階なのだ。農機の業界では一部を除けばそうした反応は少なくなったが、変化のきざしはあるものの、系統組織への流通依存度の高い肥料、農薬の業界では今だにメーカーの自己規制が強い。それも、弱小で世間知らずの販売業者がそれをいうならまだしも、建て前として農家の利害を守るためにあるはずの農協系統の購買事業にかかわる者が、新聞や雑誌にメーカーが「メーカー希望小売価格」を出すことについてクレームを付けるケースが多いと聞く。もちろん、自分が売っている値段よりそれが安いことがお客さんの手前「具合が悪い」からだ。
僕はそこに農協を中心とする農業関連流通業界の保守性、いや農業界という日本の中の「統制経済」社会が生んだ異常さを感じざるをえない。とりわけ、ユーザーにそれを「知らしめまい」と横槍を入れる中心人物が、他でもない組合員の利害を守るべき農協組織人たちである場合が多いことは「おそるべき願廃」だといわねばならないのではないか。いつまでそんな「社会主義官僚」のような立場が守られると思っているのであろうか。
一方、業者においても余りにも姑息な商売をして自ら顧客の不信を買っているような人もいる。顧客に販売する価格をいくらにしようとも誰も文句は言えない。運賃や各種サービスの必要からその店が必要とするコストや利益を見込むのも当然であろう。ただ、理屈に合わない価格なら買って貰えないだけだ。しかし、ユーザーに標準的な価格が知れていないことをいいことに、法外な値段を付けて販売するようなケースもあるのを知っている。僕はそれを「悪」だとは思わないが、商売人としては愚かなことだと思う。
「価格破壊」や「流通革命」といわれる現象は、価格決定の仕組みがメーカー主導から流通業界主導になることで結果として低価格化が進行することである。しかし、わが農業界では流通の一部を担うというより農家(というユーザー)の利害を背負ってるはずの農協組織が率先してユーザーに不利益を与えるような事態を招いているのである。
農業資機材を扱う業者や農協の仕事のかなりの部分は、やがてホームセンターなどにとって変わられるだろう。顧客に見捨てられるのである。しかし、プロの経営者が農業を担い、高度化する技術はますます専門業者を必要とする時代なのである。
どの業界でも、低価格を売り物にするディスカウントショップの隆盛の一方で、価格だけでなく提供するサービスの質や量によってこそ競争に勝ち残り、安定した顧客を得ている専門店も存在する。どんな時代でも健全な競争の中で顧客に必要とされる者が生き残れるのであり、その競争が業界を健康にするのだ。
農業に落とされてきたさまざまな資金や地縁関係に守られて、業界は経営努力を怠ってきたといったら言い過ぎだろうか。その中での楽な商売が商人を堕落させ、農協組織の購買事業の建て前も、単なる組織維持の手段となることで組合員の共感を得られなくなってきたのであろう。顧客の無知に付け込む「嘘」はやがて露見する。ましてや情報流通を妨害して利益を得るなんてことが、現代に通用すると思うこと自体、時代錯誤なのだ。
世間で「価格破壊」あるいは「流通革命」などという言葉が語られて久しい。しかし、農業関連業界の一部では「メーカー希望小売価格」を表示することを、流通への配慮からメーカーがためらっているという段階なのだ。農機の業界では一部を除けばそうした反応は少なくなったが、変化のきざしはあるものの、系統組織への流通依存度の高い肥料、農薬の業界では今だにメーカーの自己規制が強い。それも、弱小で世間知らずの販売業者がそれをいうならまだしも、建て前として農家の利害を守るためにあるはずの農協系統の購買事業にかかわる者が、新聞や雑誌にメーカーが「メーカー希望小売価格」を出すことについてクレームを付けるケースが多いと聞く。もちろん、自分が売っている値段よりそれが安いことがお客さんの手前「具合が悪い」からだ。
僕はそこに農協を中心とする農業関連流通業界の保守性、いや農業界という日本の中の「統制経済」社会が生んだ異常さを感じざるをえない。とりわけ、ユーザーにそれを「知らしめまい」と横槍を入れる中心人物が、他でもない組合員の利害を守るべき農協組織人たちである場合が多いことは「おそるべき願廃」だといわねばならないのではないか。いつまでそんな「社会主義官僚」のような立場が守られると思っているのであろうか。
一方、業者においても余りにも姑息な商売をして自ら顧客の不信を買っているような人もいる。顧客に販売する価格をいくらにしようとも誰も文句は言えない。運賃や各種サービスの必要からその店が必要とするコストや利益を見込むのも当然であろう。ただ、理屈に合わない価格なら買って貰えないだけだ。しかし、ユーザーに標準的な価格が知れていないことをいいことに、法外な値段を付けて販売するようなケースもあるのを知っている。僕はそれを「悪」だとは思わないが、商売人としては愚かなことだと思う。
「価格破壊」や「流通革命」といわれる現象は、価格決定の仕組みがメーカー主導から流通業界主導になることで結果として低価格化が進行することである。しかし、わが農業界では流通の一部を担うというより農家(というユーザー)の利害を背負ってるはずの農協組織が率先してユーザーに不利益を与えるような事態を招いているのである。
農業資機材を扱う業者や農協の仕事のかなりの部分は、やがてホームセンターなどにとって変わられるだろう。顧客に見捨てられるのである。しかし、プロの経営者が農業を担い、高度化する技術はますます専門業者を必要とする時代なのである。
どの業界でも、低価格を売り物にするディスカウントショップの隆盛の一方で、価格だけでなく提供するサービスの質や量によってこそ競争に勝ち残り、安定した顧客を得ている専門店も存在する。どんな時代でも健全な競争の中で顧客に必要とされる者が生き残れるのであり、その競争が業界を健康にするのだ。
農業に落とされてきたさまざまな資金や地縁関係に守られて、業界は経営努力を怠ってきたといったら言い過ぎだろうか。その中での楽な商売が商人を堕落させ、農協組織の購買事業の建て前も、単なる組織維持の手段となることで組合員の共感を得られなくなってきたのであろう。顧客の無知に付け込む「嘘」はやがて露見する。ましてや情報流通を妨害して利益を得るなんてことが、現代に通用すると思うこと自体、時代錯誤なのだ。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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