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新・農業経営者ルポ

「食は、官能なり」。本能に忠実な創造主


 一躍時の人になっていた木村氏が講演で来県した際には、恐る恐る自然栽培のホウレンソウを差し出した。生のホウレンソウを食した木村氏が漏らした「そうだよ、これなんだよ、唐澤君」という言葉に、光が見えた気がした。

 「自分の経験から、美味い農産物を作る方程式がありました。それは明らかに美味しい品種を、有機質肥料で育てることです。もっと別の言い方をすれば、美味しいものはDNAによって8割が決まっており、栽培方法で磨きをかけられるとすれば2割の余地しかないということ。でも、自然栽培で育てたものは、その固定観念を見事にぶっ壊してくれましたよね」

 つまり有り体な美辞麗句から自然栽培を選んだわけではなかった。美味いものを食べたい唐澤にとって、美味いものを確実に手に入れるために選んだ職業が農業だった。その上で、より美味いものを作り得る栽培体系が、自然栽培だったにすぎない。

 だから、自然栽培教条主義者では決してない。農産物の味において自然栽培を超える体系があるのであれば、そちらを選ぶと断言している。ただ、「自然栽培は現時点で断トツトップ」だと思ってもいる。

 唐澤の名刺に、こんな横文字が書かれてある。 FOOD ECSTACY 。

 日本語に訳せば、「食は、官能なり」となろうか。実に挑戦的な文言である。理性的であることを強いられ、また自らを理性的であろうとする人々が多い農業界においては、あくまで本能に忠実であろうとする彼の姿勢は、異彩を放つと同時に、シンプルな生き方の強さというものが感じられるのだった。


自分だけの楽園からみんなの楽園になる日

 ……と、書いておきながら、いささか持ち上げすぎたかもしれないなと、思ってもいたりする。容貌からはそうは見えないだろうが、実は36歳の若造、経営者としては駆け出し中の駆け出しだからだ。鹿嶋パラダイス自体は今年で5年目の農場であり、年商約1800万円のうち、農業生産部門は2割あるかないかといった程度にすぎない。売上を支えるのは、野菜の卸売部門だ。近県の契約農家をとりまとめ、前職から付き合いのある高級スーパーに野菜を卸す業務で、経営を成立させている。

 「ほら、記事にならないんじゃないんですか?」と筆者を心配する唐澤だが、布石はきちんと打っているから侮れない。経営の軸になりそうなのが、鹿島神宮の表参道に、今春オープンしたばかりの飲食直営店「樂田家」だ。昼はカフェ、夜はビアバールとなるこの店を切り盛りするのは、東京・銀座のスペイン料理店で調理人経験がある妻・祐子だ。もちろん、食材のほぼすべてが鹿嶋パラダイス産だ。近いうちに酒類製造免許も取得し、自前の小麦とホップで作ったビールを製造・販売していく予定だ。現在でもそうだというが、鹿嶋パラダイス産のビールが飲めるようになった暁には、農作業イベント参加者がほろ酔い気分で、農業の面白さを語っていることだろう。

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