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【江刺の稲】
コメ農業を滅ぼすのは農業界と農業政策だ
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第198回 2012年10月12日
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北海道の「ゆめぴりか」、山形の「つや姫」、九州の「にこまる」等々、本当に美味いコメが日本各地で育種・栽培されるようになった。かつて食味が低いと言われていた地域でも、穀物検定協会の評価で特Aランクに位置付けられる良食味米が作られている。有難いことだ。昔を知っている人々、とくに、北海道や九州や北東北のある年齢以上の人であれば、お米の味に隔世の間を感じているはずだ。
友人が聞いた古老の言葉は、日本人にとってお米が最も価値ある“食料”であった時代を生きて来た人であればこその言葉だ。団塊の世代である自分の記憶でも、子供時代、僅かのオカズで“メシは喉で食う”という感じで茶碗に何杯も掻き込んでいて、その味がどうのこうのと言った記憶が無い。
でも、何時の頃からかははっきり覚えていないが、僕も腹一杯の満足ではなく、コメの美味さをこだわるようになっていた。北海道出身の同世代の別の友人は、大学を出て始めての新潟出張の旅館で食べたコメの美味さに感動したという。たしかに、ほんの10年か15年前でも北海道や九州に行くと、失礼ながらお米が美味いと思ったことはなかった。
ところがどうか、今、九州や北海道の旅館で朝飯を食べると、その美味しさに「このコメは本当に地元産?」と聞いている時期があった。
日本のお米が今のように美味しくなったのは、日本の風土だけではない。この間の研究者たちやメーカーによる育種や栽培技術やコンバインや乾燥機などの開発努力の成果なのであり、農家がコメを良食味に仕上げる努力をしてきた結果なのだ。
でも、多くの卸業者たちが嘆くことは、農協のカントリーに集まるコメが、トラック一台毎に品質がバラバラで、精米や炊飯米として品質を維持することに苦労していることだ。農協に集まるコメが、小規模で趣味的な高齢農家が指導基準を守らず手前勝手な作り方で縁故米の残り米を農協に持ち込むためにそうなるのだと話していた。
趣味的でも、採算度外視で過剰米の原因となる彼らのコメ作りを「止めろ」と言うわけにはいかない。でも、こんな良食味米が育種され、良食味米の栽培基準は指導機関や農協から繰り返し伝えられているはずなのに、日本のコメ品質は下がっているのだ。1960年代と比べれば、あらゆる産業で工場での労働品質は飛躍的に向上しているのに、コメ産業だけは、確実に労働の質が下がっている。
しかも、食味は今一つでも安く売っても経営が成り立つ多収を目指せる多収米の生産や生産技術に取り組む人も多くない。現在の倍の収量を取ればカリフォルニア産米にも価格的にも競争力を持てるのだ。でも、それも減反政策を維持するための餌米政策などによってコメ経営の方向性を誤らせている。
日本のコメは貿易自由化によって滅ぼされるのではなく、農家自身そして農業政策故に自滅しようとしているのではないだろうか。読者は怒るかもしれないが、今年の新米でも続いている高米価は、日本のコメ農業を滅ぼすことになりかねない危機なのだということを忘れないでいただきたい。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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