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特集

『奇跡のリンゴ』が上映中の今こそ、農薬の存在価値を語ろう

青森県のリンゴ農家、木村秋則氏を題材にした映画『奇跡のリンゴ』が公開されている。ご存じのとおり、同氏は化学肥料や化学合成農薬を使用しない、自然栽培でのリンゴの生産を実現させたといわれる農家である。となると、それと対極的な"農薬は危険"というようなイメージで描かれていると思われ、そうでないにしても農業を知らない観客はそうした思考に陥りやすいと想像がつく。しかし、登録農薬を適正に使用する限りにおいては危険性はまったくない。そんなとき、農業経営者は安全性を語り、安心感を醸成させるだけの言葉を持っているだろうか。理解を示そうとしている顧客に対しては科学的なアプローチを含めて論理的に対応したいものである。 (取材・文/永井佳史、鈴木工)


科学的に農薬と向き合う
安心の農産物マーケティング


本誌では2002年、号外で『農薬は誰のため?』という冊子を刊行している。ちょうど無登録農薬問題で揺れていたころである。そのなかで本誌が語っていたことは今回のテーマにも通じており、農薬に触れるうえでは普遍的ともいえる。ここでは一部文章を直したものを再録する。

我々は、有機・無農薬で農業生産に取り組む人々を否定するわけではありません。そこにビジネスチャンスを求めることも、また消費者がそうした農産物を求める心理も否定することはできないと考えます。
しかし、現実問題として“有機・無農薬”を前提にする農業で現代の多様で大量な消費をまかなうことは不可能だといわざるを得ません。今、食の供給者たちに求められているのは、農薬が使用された“市場に当たり前に流通している農産物”の安全性をどう説明し、消費者の安心をどう作り出していくかにあるのではないでしょうか。これをそれぞれの立場で見ますと、農業経営者は適正な技術管理とともにいつでも農薬の使用履歴を情報公開できる準備を整えておくべきでしょうし、小売業や外食産業も農薬を含めた生産技術についての説明責任を果たしていくことが要求されます。
我々は、農業と食の提供にかかわるすべての人たちは、現代の食にとっての農薬の意味、あるいはその価値とリスクに関して、冷静で科学的な評価と認識を広めていく責務があるととらえています。それが真に消費者にとっての食の安心や信頼に結びつくことだと信じるからです。食にまつわるさまざまな問題が顕在化し、人々の食の安全・安心への関心が高まっている今こそ、そのための好機だと考えます。
農薬に言及すると、これまで消費者に対して不安を呼び起こすような情報はあっても、情緒的でない科学に基づく正しい情報が十分に与えられてきたとはいえません。それゆえ、適正に管理された農薬の使用が農産物への残留も含めて極めてリスクの低い技術であるにもかかわらず、農薬への過剰な不安が横たわっています。その結果、「農薬=危険」という考え方に消費者だけでなく、農業経営者や食の関連事業者も振り回され続けてきたのではないでしょうか。先進国で農産物の残留農薬で死亡するリスクは、喫煙や肥満はもちろん、自動車や自転車といったごく普通に利用しているものと比べても、はるかに小さいというレポートもあるのです。
農薬の登録に際しては厳格な基準が定められ、対象とする作物ごとに農薬の薬効や薬害、毒性、残留性などに関する膨大な試験を行なうことが義務付けられています。この登録基準の厳格化は農薬の安全性を担保するのに必要なことです。
以上を踏まえますと、有機・無農薬の農産物において消費者の不安や不信を逆手に取った差別化戦略というものを選択した場合、適正な技術によって生産された農産物があたかも危険であるかのような誤解を招かれる原因にもなっているとはいえないでしょうか。そもそも食べ物である農産物が安全なのは当たり前のことです。それがことさらに語られてしまうことの異常さに我々は鈍感であってはなりません。むしろ、人々の「農薬」という言葉に対する非科学的で感情的な認識は改められていくべきでしょう。無論、今使われている農薬のすべてが成分的に、あるいは使用方法の面で問題がないとは断定できません。とはいえ、1960年代以前の農薬と現代の農薬ではその安全性や使用規制で大きな違いがあります。農薬の使用の有無を問うのではなく、あえていえば農薬の安全性を消費者に伝える努力がなされるべきです。
すでに一時期のような「有機・無農薬」をうたう農産物マーケティングは下火になりました。今こそ、農業経営者のみならず、農産物の流通に携わる人々を含めて農業の技術情報を共有し、有機・無農薬の安全性を強弁するのではなく、生産から消費まで現実的に納得できる安心の共通理解のために力を合わせるときではないでしょうか。我々はそのために力を尽くします。

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