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新・農業経営者ルポ

周囲が困ったときに救いの手を差し伸べたことで今がある

茨城といえば大消費地、東京に近い農業県である。当地で兼業農家からスタートした森雅美は、今では20数人の社員を抱える農業生産法人の社長となっている。 「何でそんなに人が雇えるのか?」 その疑問に端を発する質問の数々に森は悠然と答え続けた。市場出荷からの撤退と、直売と契約取引への移行。不作による高騰時の価格据え置き販売。人材採用論。そして、「皆様のふる里になりたい!」という同社の経営理念。 森が会社の発展の道筋をつけ、そこに集う若いスタッフが自主的に仕事に取り組める環境を整えたことで、顧客が顧客を呼んでその“ふる里”に集まってきている。 文/鈴木工、撮影/永井佳史、写真提供/(有)森ファームサービス
茨城県の最西に位置し、北は栃木県、南は埼玉県と接する古河市。関東平野の中央にあるため、市の真ん中を通る国道4号線は平坦な道が続く。北上して栃木県に入る手前で西に折れると、一気に景色の緑が色濃くなった。やがて林の中を抜けた先に現れたのは、右手に芝生と花畑、左手に工房、事務所、駐車場という光景だった。

車を下りると作業着の男性2人とすれ違い、会釈された。20代だろうか、2人とも顔にあどけなさが残る。事務所兼店舗の扉を開けると、コメやソバ粉、みそなどの商品が並び、その奥では数人の女性がパソコンを操作していた。「こんにちは」と明るい声が室内にこだまする。どの声も一様に若い。それもそのはず、ここ森ファームサービスに勤める社員の平均年齢は約33歳だというのである。顧客が訪れる場所ゆえ、清潔にしているのは当然だが、それにしても農業らしからぬライトなイメージが一帯に漂っている。そこに代表の森が白いシャツにジーンズ姿で現れた。

「農業をやっているから泥だらけでいいという考えがイヤなんですよ。私が志しているのは普通の会社ですから」
社員は役員を含め、22人を数える。農業生産法人にしてはかなりの大所帯といえるだろう。しかし、森が目指すのは40人体制である。究極的には1年に1人ずつ社員を入れ、1人が定年を迎えるシステムが理想だという。それが完成すれば無理なくノウハウが伝わると考えるからだ。

若い人材の雇用と社員の採用システム。これだけでも一般的な農業とは一線を画す感がある。そんな森は、果たしてどんな道をたどり、今日まで至っているのだろうか。

市場原理に左右される生産は一切しない

高校を卒業した森が、実家の兼業農家を継いだのは1980年のことである。当初はタイル職人として働いていたが、親方から一人前と認められたのを機に専業農家になった。

最初に志向したのは規模拡大路線である。誰も手をつけない荒れ果てた利根川の河川敷を起こし、素人半分の技術でキャベツやレタスを作った。だが、どうにも市場との相性が悪いようで売上は伸びなかった。

80年代半ばには「森ファームサービス」と掲げ、稲刈りの請負業も始める。組織名に「サービス」を入れたのは、請負はサービス業という意識があったからだ。その後、野菜から米麦を広げようと目論むが、忙しい割に生活は一向に楽にならない。森はその理由を考えた。

「結局、市場に委ねて安く売っているからだと気づいたんです。じゃあ高く買ってくれるお金持ちを探そうとなり、富裕層は……(東京の)田園調布にいると連想しました。アイデアが浮かんだら即実行です。車を走らせ、『米の直売をやっています』と書いたチラシをポスティングして回りました。当時、農家でそんなことをする人は珍しかったですから、少なからず反応はありました」

ここで誕生した市場原理に左右されないという理念は、その後の経営でも貫かれていく。

好きが高じて栽培を始め、現在延べ110haの規模を誇るソバはまさにそうである。同社では生産から製粉まで一貫して手がけ、卸業者を通さず、全量を全国200店のソバ屋と直接取引する。

同様に30haで作付けするコメも生産量の半分は一般消費者に直売し、残りの半分は病院やレストランなど、30数社と契約取引を行なう。加工食品用のジャガイモやニンジンも市場出荷は一切しない。

商売はフィフティーフィフティーの対等関係が基本だと考える森は、1カ所の取引先に集中的に収めてイエスマンに成り下がることを最も危惧する。もちろん、リスク分散の意味合いも前提にある。

「個人への直売は手間暇がかかって、常に増減はありますけど、私がよっぽど悪いことでもしない限り、急にゼロになることはないでしょう。業者などとの契約はある程度、売上が読める。そうなると予算組みや投資、採用が可能になり、計画も立って、5年先、10年先のビジョンを持つことができる。そうやって先を読むことこそ、経営の本質じゃないかと思います」

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