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海外レポート

タイ・チェンマイを訪ねて トウモロコシ生産を考える(後編)

前回に続いて、タイのトウモロコシ生産の産業的背景に触れる。歴史を振り返れば、日本の飼料マーケットが大きく関わっていたそうだ。その時代に誕生した飼料会社がアグリビジネス企業に成長し、飼料生産から鶏肉や鶏肉加工の輸出にまで一気通貫で関わっていること。その輸出が民間主導で急成長していること。学ぶべき点は多くある。かつてタイの農地でトウモロコシ生産が始まったように、日本の水田での国内生産は可能なのだろうか。
前回はトウモロコシ生産の現場技術について紹介した。今回は、タイにおける飼料生産の全体像から日本との相違点を考えてみたい。

タイのトウモロコシ
生産の歴史

タイのトウモロコシ生産の歴史を紐解けば、日本という飼料マーケットが大きく貢献したことがわかる。日本の畜産業界の発展した1950年代、飼料の需要は急増した。その際に我が国は政策的に国内自給ではなく海外からの輸入に頼るという選択肢を選んでいる。
当時、主な輸入国として頼っていた米国産のトウモロコシは、天候や為替などの影響で価格変動が大きいという難点があった。そのリスクを回避するために、距離の近いタイでの飼料生産を開発し、安定的に供給できる貿易体制を構築したのだ。タイ国内の飼料会社は港近くに飼料工場をつくり、農家に種と肥料を支給して生産してもらう。そして、収穫物を港に運び、船に積んで輸出するという体制を整備した。60年には約50万tだったトウモロコシ輸出量は、その後の15年間で5倍弱の約240万tにまで増大した(図1)。
しかし、80年代に入り、貿易交渉が決裂すると、日本のトウモロコシ供給は再び米国に頼る体制に戻った。一方、タイはアジア諸国を中心に飼料の需要先を開拓し、さらには国内での養鶏・養豚を発展させて、輸出品目に名乗りを上げるようになる。76年に始まった鶏肉の輸出、90年代になると鶏肉加工品の輸出が急成長し、トウモロコシなどの飼料の国内消費量を大幅に伸ばすことになっている。その結果、現在ではトウモロコシの生産量は横ばいながら、輸出量はゼロに近い。

飼料生産から鶏肉・豚肉加工
まで一気通貫で面倒をみる

戦略的に拡大したタイでの飼料生産を押し上げたのは、現在のアグリビジネスをリードする、CPグループやベータグロといった企業である。トウモロコシは収穫後、乾燥・調製、粉砕して養鶏・養豚の畜産農家のもとへと渡る。各農家の経営面積は数ha規模と零細なため、乾燥・調製施設や粉砕ミルを自前で投資することはおろか、地元集荷業者ですらほとんど所有していない。
図2にトウモロコシ生産から畜産農家までの飼料の流れを示した。農家からトウモロコシを集荷する方法はいくつか経路があるが、最終的には各アグリビジネス企業が直営するカントリーエレベーターに集約され、まとめて乾燥・調製し、粉砕する。農協は農家の資金調達には関与するものの、一般的には収穫物の集出荷については、地元の仲買人(集荷業者)か飼料会社が農家と直接契約している。多くの場合で、飼料会社が栽培前に種子と肥料をセットで供給する時点から関わっているというわけだ。
飼料を供給した畜産農家に対しても同じで、飼料を提供した後、肥育した鶏や豚の食肉加工までを引き受ける形で展開している。飼料のほか子豚やワクチン、その他必要な資材も支給される。

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