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天を測る気を読む

りんご台風から天候予測に目覚める

テレビで見る天気予報を100%信じることはできない――それは誰もが感じていることでしょう。都会の人がその日傘を持って行くかどうかの判断には役立つでしょうが、我々農業者は天気がどうなるかに事業と生活がかかっています。テレビの天気予報で雨だ、晴れだ、台風が来る・来ないと言っていてもそれを鵜呑みにするわけにはいきません。予報が外れたときに「だってテレビでそう言っていたから」と言っても、誰も責任を取ってくれませんから。

大自然の大きな動きを
無視するのは間違い

一方、近年の異常気象は地球温暖化によるもので、それの原因になっているのは人間が二酸化炭素をたくさん排出するからだとも言います。しかし、事業者として環境への配慮は怠らないとしても、気象を考える上ではそんな簡単な話ととらえていいものかどうか。人間の活動よりも遥かに大きなものの動きにも心を行き届かせなければ、自然を相手にした仕事はできないはずです。
たとえいかに広い圃場・園地で仕事をしているにしても、その周りの山や森はずっと広いものです。そして、それを取り囲む広い海や大気の動きが、地域ごとの気象に影響を与えています。
さらに、私たちが広いと思っている地球は途方もなく大きな宇宙の中のほんの小さな一部に過ぎません。月や太陽系の惑星の運動は、地球に何らかの影響を与えているはずです。またなんと言っても太陽の影響は大きい。この太陽はいつも一定のエネルギーを発しているわけではなく、原子爆弾の何億倍もの爆発をしばしば起こして、これも地球にさまざまな影響を与えています。
とすれば、今日の気象学がいかに発達したものでも、地表に焦点を当てている限りは、予報の精度に限界があるのも仕方ないでしょう。
気象・気候上の歴史を紐解いてみると、およそ800年周期ぐらいで似たような傾向を繰り返しているらしいことがわかります。また、何万年、何億年周期の大きな動きもあるはずです。そうした極めて長い周期の中のほんの一瞬を私たちは暮らしていると考えれば、気象・気候の傾向が変わったからと言って、それを人間の仕業と考えるのは、自然の中で暮らす者としての感覚が鈍っているのではないかとも思うのです。

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