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海外レポート

米国食農紀行(2)貧困との戦い(続)食料不足の解消に向けて

米国では貧富の拡大で食の格差が深刻化するなか、政府が貧困層に向けてさまざまな食料支援プログラムを打ち出している。だが、食料不足の問題は量的にも質的にも未解決のままである。国務省が主催する人材交流プログラムのIVLP(インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム)でミシガン州デトロイト市に滞在する間、この問題に立ち向かう学校菜園の活動を取材した。
学校給食用の食材づくり

どんよりと曇った空の下、デトロイト市の住宅街をゆっくりと流すように走る貸切バスに乗って窓の外を眺めていると、「賃貸」の札が掛かっている家が目に付いた。ただ、そんな札を見るまでもなく、辺り一帯には人が住んでいるような気配はないに等しい。多くの家の庭には大人の腰の高さぐらいまで雑草が生い茂っている。そんな一角に訪問先の障害者支援学校はあった。
校舎の裏側にある駐車場に停めた車から出てみると、目の前の広場には野球のバックネットが堂々と据え付けてある。校庭であるようだが、どうも様子が違う。なぜかビニールハウスが1棟だけぽつんと立っている。その向こうでは3人の男たちが農具を使って何かの作業をしており、彼らのそばには青々とした野菜が育っていることが遠目にも見えた。そんな様子を眺めている私たちの前に、そろいの青い制服を着た3人の同僚とともに出迎えてくれたのは、デトロイト市で学校給食の栄養を管轄する仕事に携わっているベティ・ウィギンスさんである。
「みなさん、よくいらっしゃいました。私たちは学校の空いた場所を利用して野菜や果物を作っています。収穫したものは学校給食の食材に使っています。お腹が空いていたら勉強ができないですから、デトロイト市では希望者に学校給食を1日3回提供しているんです」
ふくよかな身体に笑顔が印象的なベティさんは、ローカルフード協会の副代表も務めている。彼女の説明によれば、かつてこの学校は最大で2000人の生徒を抱えた公立の中学校だった。それが廃校となった後、障害者の自立を促す学校に生まれ変わった。
デトロイト市では製造業の衰退とそれによる財政の悪化で公共サービスの低下が起きており、結果的に過去60年間で人口が200万人から70万人へと約3分の1に減っている。ベティさんによれば、市内の公立学校でも全生徒数が過去25年間で6分の1になり、学校の統廃合も進んだ。それらの学校では廃校になったまま放ってあったり、生徒数が大幅に減ったことで空いたスペースができたりしている。
デトロイト市は昨年、1兆8000億ドルという巨額負債を抱えて破綻した。財政状態が厳しいなか、ベティさんたちはこうした空き地を利用しながら、可能な限り食材を自分たちで作ろうという構想を持っている。

栄養の過不足を解消する

農園を耕すのは志願した生徒たちである。彼らは夏休みの間に数週間にわたって農業に関する専門的な教育を受けることで、栽培に対しては相応の技能を身に付ける。各自が学校の菜園で農作業をする際には、市が雇う専門のスタッフのほか、近隣で農業をする人や民間非営利団体の職員らが支援に当たっている。
菜園用に広い空間を取れない学校については、空いた場所で木製の小型プラントをいくつも設置している。市内の学校で収穫した野菜や果物は基本的には学校給食の食材とするが、余ったら先着順で生徒たちに無償で提供している。
ところで、なぜ学校菜園で栽培した農作物を食材にして毎日3食を調理し、希望する生徒たちに給食として提供しているのだろうか。そのことをベティさんに問うと、「Food Insecurity(食料不足)を解決するため」という答えが返ってきた。彼女が「食料不足」という言葉で問題にしているのは、どちらかというと「量」よりも「質」のことのようだ。

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