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農業経営者ルポ

俺は賃耕屋だ!!

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第27回 1998年02月01日

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 しかし、敢えて言えば、賃耕屋という仕事をしてきた人生をいささかでも悔いるべきではない。それを誇るべきだ。これまで生きてきた高柳さんのためというより、未来を受け継ぐ者のために。

 人が一片の誤りもない人生を生きることなどありえようはずもない。過去を何も壊さず、誰も傷つけずに生きていけると思う者がいるとしたら、それは彼が鈍感な人間であることを証明しているだけだ。人はその痛みを知り、それを背負う勇気があればこそ、生きるわきまえを持つことができるのではないか。より良きものを目指す努力はしても、歴史を一人で背負うのは重たすぎる。また、完全に誤りの無い社会や歴史、人が作り出せると考えるのは間違いである。その傲慢さこそが人間を誤らせてきたのではないか。

 高柳さんの、ただ「トラクタが欲しい」と思った気持ちが、結果として地域の畑作農家たちを地面に這いつくばる農作業から解放し、彼らは無駄な投資をせずに済んだのだ。経営発展の可能性を与え、また、農業からの撤退を考える人にもその可能性を与えたのだ。誰が何と言おうとも、必要とされる存在だったからこそ農家は高柳さんに仕事を頼んできたのだ。


新しい世代へ


 皆が同じ顔で同じことをし、被害者意識を共有していた農業や農村は、もう終わった。農業や農村には多様な可能性があり、また個々の農家が誇りをもって様々な役割を分担して果していく時代が始まっているのだ。高柳さんはその先駆けだったのだ。

 父に従って仕事をこなし、父が買った工作機械で自動車のチューンアップに取り組むほどの技能と知識を受け継ぎ、しかも穏やかに他人と接する社会性も持つ、後継者・和雄君が育っている。

 彼はもう、賃耕という職業にいささかも屈折した感情をもたず、分業による農業の時代の役割を誇りをもって果していくだろう。仕事を頼む側も同じ様に世代交代が進んできている。彼の顧客たちは彼と同じ目線で語ることのできる人たちであり、仮にそうでなくとも和雄君はプロの職業人として新しい時代の中で次の役割を見出していくのではないだろうか。

 高柳さんが切り開いた「賃耕屋」という新しい農村のサービス業が本当の意味で社会的認知を得る時代が、これから始まろうとしているのだ。


高柳民雄さん

プロフィール日体か弱かった父に代り中学生の頃から家では中心的な働き手になっていた。子供の頃からの機会マニアであり、昭和42年には77馬力のトラクタを購入して賃耕を開始。平成3年まで数頭規模の酪農も営んでいた。現在は、後継者の和雄さんと畑作作業を中心にした作業請負を専門に経営している。

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