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女だからの経営論

うちらみんなのおばあちゃん

主役の座を夫に奪われる!?


 神出町の非農家出身のきむ子さんは、高校卒業後、地元の農協に就職し、そこで正さんと知り合い結婚。夫はそのままサラリーマンを続ける一方で、きむ子さんは義父の亘さんの指導の元、家の農作業を手伝うようになる。最初は典型的な兼業農家だった。

 元々体を動かすのと、花や野菜を作るのが大好き。中でも「大好きなトマトを好きなだけ作れるなんて、うれしい」と、持ち前のバイタリティをフルに生かして、張り切って作業に当たっていた。

「おじいちゃんは、“農業の神様”って言われるくらいスゴい人。毎年近くで神戸牛飼ってる農家から、牛糞もらって堆肥にして、田んぼに入れてた。3反1畝の田んぼから、30kg67穫れた年もある。『おじいちゃん、ちょっとこれ米とれすぎやで』(笑)」

 農協の集まりがあれば出ていき、勉強会があれば参加した。新しい作物が出たと聞けば、とにかくなんでも蒔いて育ててみた。中には失敗もあったけれど、亘さんは何も言わずに見守ってくれていた。

 農業が大好きで、亘さんから譲り受け、思いのままに切り盛りできた。「お父ちゃんの給料も私がもらってたし(笑)。もう本当にやりたい放題。珍しいものがあればとにかく大胆に作ってみる。ものすごく楽しかった」

 ところが、そんな「やりたい放題」の日々も終わりを告げる。82年、夫の正さんが農協を辞め、農業に専念することを決意したのだ。

 農協職員として、生産部門を担当していた正さんは、神戸西部の大産地で以前はたくさん穫れていた小松菜やキャベツが連作障害を起こして、なかなか穫れなくなってきたことに、疑問を抱いていた。

「なんでやろ? やっぱり堆肥を入れて土づくりをせなあかん」

 と、農協の会議で発言しても、

「そんなもんできるかい。できるんだったら、自分でやってみい!」

 と、反発を食らってしまった。それなら自分でやってみようと思い立ち、専業農家になることになった。その結果、「やりたい放題」だった、きむ子さんは、西馬家の農業の主役の座を奪われることになってしまった。それまで出ていた集まりも、勉強会も、「お父ちゃんの代わり」ということで面目が立っていたが、当のお父ちゃんが出席するのでは、出ていける筈もない。

「子どもの頃から何でもワーッとやる方やったから、裏方に回って自分を殺すなんて、とてもできない性格なんやね。だんだんモヤモヤしてきた」

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