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農業経営者ルポ

好きで選んだ道だけど、未だ迷いの中にいる

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第31回 1998年08月01日

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 養田さんも最初は、分析データを出す度に一喜一憂し、自分のデータを適正値といわれる数値と比較したりもした。数字に振り回されていたのだ。今では条件の違う他人の数値に振り回されるようなことはない。土壌の肥料成分量、溶液採取の時間や位置など、条件の違いを無視してそれぞれが勝手に出したデータなどほとんど参考にはならないと養田さんはいう。同じ条件下の同じ作物ですら品種によってカルシウムの吸収に大きな違いが出たりもするからだ。

 養田さんは栃木農試の花卉部長の指導を受けてこの養液土耕に取り組んでいるが、研究者や地元のカーネーション栽培をする10人位の養液土耕の仲間達と共に研究会を作り、分析方法の標準化をして試験場のデータだけでなく生産者のデータも持ち寄って、土質や作物の種類だけでなく品種などに合せた施肥基準のマニュアル作りをすすめようとしている。

 養田さんにとって分析機器や養液土耕の技術とは、単に最適生産のために施肥量を決める手段というより、養田さん自身が土や植物の生理を学び、自分の圃場や作物を理解するための教材であったのだ。また、施肥法をおぼえることよりも前に、自分の土の性質や状態を正しく認識することをしなければ駄目だと養田さんは言う。養液土耕に限らず、自分の圃場の状態を把握しないで他人の施肥法のハウツーを真似てみても、自ら考える「ナゼ?」を持たない限り農家は過剰施肥の泥沼からは抜け出ることはできないという。それが養田さん自身がかつて過剰施肥を続けてきた体験からの言葉だ。


「常識」の嘘を越える


 篤農家といわれる人の中にはいかにも秘密めかした技術があるように語る人もいるものだが、養田さんは誰にでも隠すことなく話して聞かせる。自分だけの能力や条件だけでは技術を高めて行くことなどできないと考えているせいなのだろう。一人でも多くの人と経験を共有することが結果として自分のレベルを上げることにもつながるからだ。同時に、人は「こうすれば良い」とは言っても自分ではそれを実行しないことが多い。でも、養田さんは良いと思うことを試すことに躊躇しない。養液土耕への取り組みもそうだが、養田さんは作業の仕方にしても従来の常識から意識的に自由になろうとしているように見える。

 「楽したいからという怠け心から」だと養田さんは笑うが、それが無駄な仕事を減らし、画期的な省力へと結びついている。その背景には、土壌溶液や樹液の分析をするようになって、文字通り「常識の嘘」に気付いてきた経験があるのかもしれない。

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