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農業経営者ルポ

豊かさのおすそわけ

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第41回 1999年06月01日

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高松農学校



 訪ねてくる人々は、慣れぬ手つきで竹の子掘りに汗を流し、掘りたての竹の子で作った味噌汁で弁当を食べながら高松さんの話しに耳を傾ける。竹の梢を通した初夏の日差し、穂を出し始めた青い麦のかすかな香りに包まれながら。ある者は缶ビールの空き缶で山を作り、あるいは「ここで飲むために取っておいたワインだ」などと言いつつ杯を傾け、やがて竹の葉が堆積した芳しい土の香りを吸い込みながら午後のまどろみを楽しむ者もいる。

 持ったこともない鍬を振るって体を痛くするような体験に、そして、一瞬の春のために管理し続ける竹山のこと、自然の循環の中で作物を育て、土や経営を作り上げていく農業の困難さと面白さを語る高松さんの話しに、人々はある種のカルチャーショックとともに農業への認識を新たにさせられていく。

 豚を飼っていた頃には、子供たちを豚小屋にも誘った。

 高松さんは、血統書だけではなく性格が温和で逞しく子育ての上手い母豚の血を大事にしていた。競争心を養いながら、野菜農家に貰う野菜屑はおろか、屑麦や青米、大豆や落下生の殻、あるいは籾殻まで、何でも食べさせていた。過保護を避けながらも不要なストレスを与えないという豚の飼い方だった。そんな母豚は、驚くほど生産性が高く、そして温和だった。

 恐る恐る近寄る子供たちも、やがて優しい母豚に手を舐められ、高松さんに促されて、まだへその緒が付いた子豚を母豚の乳房から取り上げると、必ずのようにビロードの毛触りの子豚に頬ずりをした。彼らの中で何かが変化していく様子が側で見ていてもよく解った。さらに、家の前に広がる穂の出始めた麦畑に連れ出すと子供たちはその香りの中で遊んだ。

 竹山でのひとときに、大人たちも見失いかかっている人生の豊かさや、敢えて言えば自然と人間の哲学を感じているかのようだ。生きること、育てること、働く事、そして戻し続ける営みとしての農業や人生を。町に暮らして、農業あるいは高松さんとは全く別の暮らし方や仕事をする人たちが、そこに自分自身を照らし合わせながら。

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