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【農業経営者ルポ「この人この経営」】
緑の牧場から食卓まで
- 吉田典生
- 第1回 1999年07月01日
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完全一貫経営のミートピア事業
通称“サイボク”。東京都心部から電車で1時間圏内の場所に、(株)埼玉種畜牧場はある。笹崎達雄社長は今年83歳。氏が記した全18巻の『養豚大成』は、世界各国で翻訳・出版され、初版から40年以上を経た現在もロングセラーを続ける養豚のバイブル。そんな業績からもわかるように、この世界で名を知らぬ者はいない権威者。それが笹崎という人だ。
しかし、この人の足跡は、そんな偉業さえも陵駕する在野の輝きに満ちている。終戦でフィリピンから復員後、ここ日高市で裸一貫から養豚牧場を始めた。以来、絶え間ない育種改良と飼養管理技術の開発に取り組み、つねに国内養豚産業をリードしてきた。自社銘柄の原料肉『ゴールデンポーク』『スーパーゴールデンポーク』の絶妙な味は、テレビのグルメ番組でも話題になった。隣接する自社工場で加工したオリジナル商品は、国際ハム・ソーセージ大会で数々の金メダルを獲得している。「緑の牧場から食卓まで。これが私の経営のスローガンです。製・販・サービス一貫の際崩し経営を展開する第4次産業としての農業。夢のあるミートピア事業に挑んできました」
張りのある声と溌剌とした態度に年齢を忘れる。ミートピアとはミート(肉)とユートピア(楽園)を合わせた笹崎社長の造語である。そして、この言葉が私たちの目に映るサイボクの姿を象徴している。何しろここには、マイカーが列をなすほどの消費者が集まってくるのだ。つまり養豚牧場としての埼玉種畜牧場は完全一貫経営の川上にすぎず、その下流には農業の概念を覆す革新的な事業展開がある。
といっても一つ一つの要素を見れば特に目新しいわけではない。それはハム工場であり小売店や外食店の経営だ。それらをつなぐ空間演出と、人々を集わせるための仕掛けにも工夫はあるが、度肝を抜かれるほどではない。しかし、初めてサイボクを訪れると驚きを禁じ得ない。日本の農業に少しでも問題意識を抱く者は、感動すら覚えるだろう。なぜなら、生産者の苦悩や農業への逆風など微塵も感じさせない活気が、ここには溢れているからだ。では、その活気を生み出しているものは何なのか。
笹崎社長は完全一貫経営のことを「農業のリエンジニアリング」とも表現する。つまり、農業と農業に関連する事業のプロセスを組み直して、新たな価値を作り上げる。そういった意味になるだろう。生産や小売など、それ自体は当たり前の要素を“農業”として連結・統合することで、一気に農業の風景を変えてしまったのがサイボクだ。そして、この新しい風景に共鳴して集まる消費者たちが、活気という日の光を注いでいるのだ。
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