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土壌別経営診断うちの土ではどう作る?

福島県原町市・高平賢一さんの場合

吸収根が、それを取り巻く液体部分から栄養を吸収するという点で、養液栽培も土耕栽培も変わりはない。「土作り」へのこだわりが、かえって「培地」としての土への認識を曇らせてしまうこともある。その地の重粘土壌に連作不可の判断を下し、養液栽培へと切り替えた福島県原町市・高平賢一さんの場合
高平 現在私は、ロックウールでトマトを7000坪ほどやっています。しかし、その前は私も長年、土耕でやってきました。堆肥でしたら1アール当たり何tも籾殻を入れたり、ぼかしを入れたりして土の手術をしてきました。土耕から養液に変えて、かえって養液から土耕について見える部分があると感じています。土耕にこだわってしまうとかえって見えない部分がある。養液の場合では、ゼロスタートで何を入れ、何が排出されるかが見える。ところが土耕の場合は、緩衝能があることで正確にデータをつかむことはできません。ある意味で、闇の世界みたいな感じがありますね。ですので、土を健康な状態に保ちながらいい作物を何十年も続けていく、あるいは増収していく、しかも土を分析しても何の問題もない、という人はものすごい努力をされています。更に、努力だけでなく、元の土がある程度よくないとどうしようもない部分がある。ただ、そういったことが長い目で見て、経営的に見合うかという問題があるのです。

関 土作りに関して、農業の歴史の中ではずっと精神論的なものがありました。それはそれで素晴らしいものがあったのですが、それが果たして経営としてどうなのか、次の投資につながっていくのかといった問題は常にあるわけです。私は「土作り」という言葉を必ずしも肯定していません。私は「土との付き合い方」という言葉で表現しています。どんな土にも必ず欠点があります。日本が一生懸命やってきたのはその欠点を直すこと、つまり土壌改良ということなのですが、しかし現場サイドでは、お金がかかる割には成果が上がらないというのが現実だと思うのです。それよりはむしろ、それ以上に悪くならないようにする、全体の中で支障とならないような付き合い方をする、そのための知恵の方が経営的には必要でないかなと思っているのです。

高平 私が土耕から養液に変えたのは、土耕の考え方から出たかったからです。まず、「土の閉鎖性」から一度出ないとどうにもならないと感じたのです。土作りに莫大な労力とお金をかけて、家族にその分のしわ寄せがいって、それでは経営的に合わないですから。

関 土耕でやられていた時は、ここの沖積土の水田の土を使っていたのですか。

高平 ここは非常に排水性が悪いので、暗渠も60cmに一本ずつ土管をいれてやっていたのですが、天然でスッと水が抜ける土にはかなわないですね。

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