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特集

改めて『尊農開国』

【田牧氏の狙い】

 「いつまでもコメの輸入を拒み切るということは不可能かも知れない」

 「安いコメが輸入されれば、日本国内の稲作は壊滅するに違いない」

 そんな不安を持ちながらも、半ば他人事のように感じていた生産者が多かった時代だ。

 そんな議論の中で、彼は個人で大きな取り組みを始めたのだった。

 国際化という大きな流れは明白なものであった。しかし、「日本の稲作は壊滅してしまうはずはない」「日本の稲作は日本や世界にとって必要とされるものだ」「少しでも競争力を持つように、今のうちに準備を始めるべきだ」「ポイントは、美味いコメを安く作ることであり、生産性を上げるための規模拡大が不可避だ」「大規模稲作生産のための経営・生産ノウハウこそ今得るべきテーマだ」と主張する彼がいた。

 田牧一郎氏は、福島県の稲作農家であった。

 彼は、大規模稲作のノウハウを築き、自由化されても負けない稲作経営を準備すればよいのだと考え、自分の経営の中で試行錯誤していた。自作地の何倍もの借地や作業受託で稲作を行い、ほとんど労働力を自分だけで、大型機械を駆使し、周りの農家の数十倍の面積の稲作を行っていた。

 世界的に見る「大規模稲作」とは今の自分の作付け規模とではぜんぜん違う作業体系があり、栽培技術体系があるはずだ。日本のコメの何分の一のコストで作れるというアメリカの稲作には、その大規模生産体系のお手本があるはずだ。コメだけが特に優遇されているような制度もなく、自由な価格競争の中でコメを生産し、輸出までしているアメリカの稲作とはどんなものなのか。

 ノウハウのようなものは、教科書にもレポートにも現れないものだ。それは自分でその場で経験しながら、手触りを感じながら得るものだ。

 そんな大いなる野望を抱いて、田牧氏はカリフォルニアに農場を開いた。わずかな水田を購入し、大部分を借地で80haのカリフォルニア式稲作を始めた。

 生産されたコメがどのように集荷・加工され、どのように製品化されて市場に流れていくのか。消費者のニーズがどのように製品や生産にフィードバックされるのか。自由な生産・流通の流れには、必ずマーケットのニーズをフィードバックするマーケティングのメカニズムがあるはずだ。それを知るためには、やはり、自分でその中に入っていかなければならない。流通や消費と一体化してこそ生産者の生き残るノウハウがあるはずだ。

 出資者を募り、借金を重ね、精米会社を設立した。彼自身が生産したコメだけでなく、周辺の生産者からもコメを買い、製品化し市場に販売した。何度かの失敗と努力を重ね、自分の名前を冠した製品は、全米のみならず、世界各地に輸出されるほどになった。

 彼は、生産から流通、販売までの一連の流れの中に身を置いて、アメリカのコメ産業を体験し、アメリカ式のノウハウを蓄積していった。

 数年して、彼は精米会社から離れた。そして、再びコメの生産現場に集中した。

 単にカリフォルニアのコメ生産体系を模倣するだけではなく、更なる生産体系の向上、育種改良、経営体系の向上を、自ら実践しながら研究している。

 このあたりは「月刊 農業経営者」誌の彼の連載からも、どのようにカリフォルニアの稲作を見ているかがわかるだろう。

 彼の最近の文章に「どのような条件が技術革新を呼び起こすのか。とても興味あるテーマだ」とあり、この視点にはとても興味深いものがある。

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