ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

江刺の稲

エア・ドウの精神と北海道土を考える会

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第53回 2000年07月01日

  • この記事をPDFで読む
    • 無料会員
    • ゴールド
    • 雑誌購読
    • プラチナ
先日、北海道国際航空(エア・ドウ=AIR DO)副社長の浜田輝男氏の講演を聞く機会があった。エア・ドウについては様々に紹介されているのでご存知の方も多いと思うが、同社は、特別な政治家や財界人や行政の指導ではなく、名もない中小企業の経営者や商店主、主婦、医師、弁護士、大学教員など29名の人々が設立発起人となって始まった会社である。
 先日、北海道国際航空(エア・ドウ=AIR DO)副社長の浜田輝男氏の講演を聞く機会があった。エア・ドウについては様々に紹介されているのでご存知の方も多いと思うが、同社は、特別な政治家や財界人や行政の指導ではなく、名もない中小企業の経営者や商店主、主婦、医師、弁護士、大学教員など29名の人々が設立発起人となって始まった会社である。企画準備会社の発起人には個人を含めて北海道の中核企業の関係者すら参加していない。出資金は一人50万円。出資総額1,430万円の航空会社(準備会社)立ち上げであった。1996年11月のことである。養鶏業者である浜田氏をはじめ、誰も航空業についての知識がなく、もちろん“業界に顔の利く”人物もいなかった。

 設立の背景には、世界で一番利用者数の多い〈羽田~千歳〉の航路であるにもかかわらず、5万円弱(往復)という世界的標準からすればほぼ倍という運賃を押し付けられている北海道民の怒りがあった。そのために、観光やビジネスで北海道を訪れる人の数が制限され、道内の企業や人も行動を制約されているからだ。それが北海道発展の妨げとなっている。

 その原因は、航空業界に競争が無いから。であれば、道民出資の航空会社を設立することで競争が生じ運賃が下がるのではないかという、ある会合での浜田氏の発言で火が着いたのだった。初めは単なる「面白そうだね」「できたらいいね」という面白がりだった。この種の話しは「だれかがやってくれたらいいね」で落ちとなってしまうのが常であるが、浜田さんたちは違った。

 やがて、一人5万円から参加できる「北海道国際航空支援持ち株会」を通じて広範な道民や全国から寄せられた個人株主からの資金の他、大手企業の資本参加、道や各自治体からの融資や資本参加なども得て、着実に資本は拡大していった。

 「鶏が空を飛べるか?」(浜田氏の本業は養鶏業)と揶揄されたエア・ドウは、98年10月に定期航空運送事業の路線免許(羽田~新千歳間)を取得する。浜田さんたちは、それを文字通り「ゼロから挑んだ航空会社」で実現し、ついに1998年12月20日午前7時37分、新千歳空港行きのエア・ドウ一番機を羽田空港から飛び立たせたのだ。そして、今年7月からは従来の3往復6便体制から6往復12便となり、一段と使いやすくなる。

 莫大な資本と技術と社会的信頼を必要とし、運輸行政という壁を考えてみれば、それはほとんど奇跡の成功ともいえた。そして、民間人自らが、お上の指導や力の有る者に頼るのではなく、その夢と自負心、誇りにおいて未来を創り出していこうという意思と行動がそれを実現させたのだ。それこそが、日本という国のあらゆる局面に存在する困難を克服する唯一の道なのではないか。上目遣いに「お上」の様子を眺め、その指導を求めてしか動けず、お金持ちであっても誇りなく、変化を恐れ、保身と利権探しに躍起となって自らの未来を狭めている開発途上国日本をそろそろ卒業しよう。

関連記事

powered by weblio