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【大泉一貫の農業経営者論】
求められる突破者「発見と覚悟」
- 東北大学農学部 助教授 大泉一貫
- 第31回 2001年01月01日
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1「自立した個」の出現
「尊厳」の置き所によって現代の農民をおよそ三つに分けたが、近年農村にも自分自身に尊厳の拠り所を求めようとする人々が出現しはじめている。近年になってといっても、こうした人々は過去にも存在したのだろうが、彼らの「自己表出」には膨大なエネルギーを要し、「まれ」でしかなかったというのが正確であろう。それが今日のコミュニケーションツールの発達や物流システムの発達によってハードルが下がってきたということである。
私が思い描いている人々は、具体的にはマーケット志向型の農業経営者やファーマーズマーケットで販売する女性達、特に前者である。スポーツ界で言えば、野球の野茂やサッカーの中田である。彼らは、自分の思いを実現しようと行動しているだけなのだが、現実には実に多くの世間的あるいは共同体的秩序と衝突を引き起こしている。精神的にタフでなければやっていけないと気付くのは、たいてい行動の後である。挫折をする人々もかなりの数に上っているのだが、今月はこのような農業経営者にエールを送る事を目的に書こうと思う。
ただ、尊厳のよりどころを自己に求めるのは、実はもっとも難しいこととしてある。「自分だけが頼りの人生」と言い換えてもいいし、「自立した個」「個の確立」と同義と考えてもらってもいいが、現実には「自分だけが頼り」なんてそんな心細いことを、という人の方が多いし、「個の確立」といってもそんなのどこにもないよ、というのがこれまでの論壇の到達点でもあった。「個の確立」は永遠に実現できない抽象的な理念として、解決困難な社会科学の普遍的命題に祭り上げられてしまった感さえある。基本的には各人の生き様の問題なのだと私は思っている。
2 遅れた?日本
ところで「個の確立」やら「自立した個」が言われ続けてきたのは、我が国の近代化と関係する。
「自立した個」が相互に契約を結びながら社会を作るとして社会の成り立ちを説明したのが「社会契約説」だったし、ヨーロッパで成立し20世紀に飛躍的な進歩を遂げた近代科学も、「自立した個」からはじめる「方法的個人主義」をその手法としていた。西欧的近代化にとって個の確立は疑問の余地のない前提としてあった。
そのため、我が国でも「自立した個」の形成を、社会の基本的構成要素として幾度も幾度も問うてきた。しかしまた幾度も幾度も「個の不在」が言われ、そのことをもって幾度も我が国の「遅れ」が語られてきた。昭和10年代後半に生を受けた者から団塊世代までの戦後民主主義教育の影響下にあった人間は、多かれ少なかれこの「自立した個」の、したがって「遅れた日本」の信奉者でもあり、「個の確立幻想」にとりつかれた世代でもあった。私もそのような世代の一人としてある。
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大泉一貫 オオイズミカズヌキ
東北大学農学部
助教授
1949年宮城県生まれ、東北大学卒業、東京大学大学院修了。農学博士。現在東北大学農学部助教授。専門は農業経営学、農業経済学。柔軟な発想による農業活性化を提唱。機関車効果や一点突破、客車農家など数々のキーワードで攻めの農業振興のノウハウを普及。著書に「農業経営の組織と管理」、「農業が元気になるための本」いずれも農林統計協会、「一点突破で元気農業」家の光、「いいコメうまいコメ」朝日新聞、「経営成長と農業経営研究」農林統計協会など。
大泉一貫の農業経営者論
政府による啓蒙・指導そして保護と支配の元に生きてきた「農民」が、「農業経営者」として自ら農業の経営主体の位置に踊り出してきている。しかし、農業界を含めて人々の農業や農業経営についての認識は、従来からの「農民的農業」の論理から解き放されているとは言い難い。研究者として農業経営学への新たな理論構築とともに、各地の農業経営者や関連産業人たちとともに農業の新時代を育てる実践的活動に取り組む大泉一貫氏に、農業経営者のための農業経営論を展開していただく。
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