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新・農業経営者ルポ

草取りは、上手くなっては駄目なんだ

イノベーション(革新)あるいは革新者などというとベンチャービジネスの経営者をイメージするかもしれない。しかし、我が国のあらゆる産業の中で、今の農業界こそ最もイノベーションのチャンスに満ち溢れていると言える。過剰の社会である現代という時代であればこそ、農業経営者は日本農業と日本社会のイノベーションの担い手として、その自負を持つべきである。そして、すでに現役を引退した世代の中にも、時代の制約を超えて農業のイノベーターというべき人々がいた。取材・文/昆吉則 撮影/編集部
農業の革新者

かつて、生産者という存在に過ぎなかった日本の農家世帯主の行動は、「経営者」と呼ぶに値せず「単なる業主」であると言われてきた(農業経済学者・東畑精一)。ところで、食糧管理法は今から13年前の1995年まで存在した。戦時立法(1942年)である食管法は、高度経済成長の時代が過ぎ豊かな市場社会化が実現するだけでなく、コメの供給過剰が常態化した後も廃止されることはなかった。それは農業関係者の利権を維持するためであり、政治の手段だったからだ。農家が農業の「経営主体」になり得なかったは農業政策の結果なのである。食管法が農家をマーケットから「隔離」し、顧客に出会うことを禁じてきたのである。それに加えて様々な農家保護政策が彼らから自ら事業者としての自意識を育てるチャンスを奪った。また、多くの農民は、「経営者としての誇り」を自ら問うより、「被害者としての農民」という立場を声高に叫ぶ農業界のイデオロギーに安住する事大主義の中にいた。そして、本誌はそんな農家の存在を「自ら借金させられる農水省の作男」と揶揄してきた。

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