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新・農業経営者ルポ

イトミミズとイナゴに学んだ経営者

アトピー性皮膚炎有機農業への転換を決意


 ところが、である。順風満帆だと思われた杉山は、突然思わぬ出来事に見舞われる。重度のアトピー性皮膚炎が発症したのである。

 農薬を散布するたびに、全身が激しい痒みに襲われた。当初はその都度、痒み止め薬の注射を打ち続けていたが、やがて注射の効き目がないほどに症状が悪化してしまった。杉山は「とにかく痒くて苦しかったですよ。農薬の効果はあったけど、こんなに苦しいことを一生続けるなんて考えられなかった」と述懐する。

 激しい痒みから逃れるため、杉山は農薬の散布を止め、農薬を散布していないコメを食べた。すると薬物治療を施さなくても、アトピー性皮膚炎は治癒していったのである。この体験に、信じてきた科学的思考は万能ではないことを思い知った。杉山は今でも、すべての農薬の有効性について否定しているわけではない。しかし「自分が食べられないおコメを他人に販売するわけにはいかない」、そう考えた。同時に、長男の真章の就農が決まったこともあり、杉山は除草剤や化学肥料を使わない農業に転換する判断を下したのだった。今から7年前の01年のことである。


有機稲作への取り組みで生態系が劇的に変化

 同年、杉山は有機栽培による稲作の技術体系を確立したNPO法人、「民間稲作研究所」の稲葉光圀の門を叩いた。

 稲葉の技術の特長は、水田雑草のヒエ、コナギ、オモダカなどを、深水管理や藻類、微生物などを利用することによって抑制する点である。この技術のおかげで、杉山は有機栽培に取り組む可能性を見いだすことができ、段階的に有機栽培と特別栽培に転換していった。

 有機栽培への転換の効果は、予想以上に早く表れた。最初の変化はアトピー性皮膚炎が完治したことだった。肉体的にはもちろん、精神的な負担が消えたことは本当に嬉しい効果だった。コメの収穫量は大幅にダウンしたが、その反対に食味値はアップした。

 そして杉山が何よりも驚いたのは、自然界の劇的な変化だった。圃場には、農薬を散布していた頃には見かけなかった生き物たちの姿があった。年を追うごとに確認できる生き物の種類は豊富になっていった。食物連鎖の上位であるタガメが増え、環境省のレッドリストで「絶滅危惧Ⅰ類」に指定されているイチョウウキゴケを多く確認するようになった。生態系が確実に蘇ってきている証拠だった。今年の「生き物調査」では、水生生物が約50種、植物は60種ほどが確認された。


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