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新・農業経営者ルポ

イトミミズとイナゴに学んだ経営者


癒しの大地と癒しの農作物づくりに挑戦

 さて、杉山のこれらの事例に、我われは何を学ぶことができるのだろうか? 最後に筆者の考えを述べておきたい。今年も各地で猛暑や集中豪雨などの天候異変に見舞われた一年だった。天候異変について、昔の人たちは神様の祟り、自然の怒りなどと考えたが、現代人の多くは、単なる気象変動としかとらえていない。筆者も神様の祟りとまでは考えてはいないが、「先祖が長年大切にしてきた自然に対する畏敬の念を忘れてもいいのか?」という懸念を抱いている。自然に対する畏敬の念、祈りの農業は、現代社会においては何の意味もないのだろうか?

 すぎやま農場では「結界」の実験も行なっていた。結界内の水田は、スズメの食害から見事に護られていた(オカルト農法第30回参照)。結界とは、農場主の祈りの想いを圃場に満たし、張り巡らせることによって、人為的に形態場を形成するという行為である。

 杉山のように圃場中の「生きとし生けるものたち」に対し24時間365日中、働き続けてくれることへの感謝の想いと、共存共栄できることの祈りを満ち溢れさせる姿は、決して科学的ではない。しかし、筆者はこの農場主の祈りの姿勢、信念の拡大こそが、自然界との調和をもたらす鍵であり、不測の事態をも回避する可能性を秘めた神秘の扉なのかもしれないと思っている。

 もちろん、自然界は人間が自由にコントロールできる世界ではない。人間が自然をコントロールできると考えている限りは、永遠に生き物たちの協力は得られないだろう。

 それでも筆者は、杉山が「生きとし生けるものたち」と見事に調和した農業を実証する日が来ることを信じたいと思う。そして、読者のあなたにも、時々は「生きとし生けるものたち」の、声なき声に耳を傾けてみることをご提案したい。もしかすると、あなたにも素晴らしい「信念の拡大」が起こるかもしれない。(文中敬称略)

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