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特集

経営者たちの農業改革 人からはじまる村おこし・町おこし

進むべく道を突き進む

 オープン時から始まって、今日では中心商店街の中にトータルで黒壁の店は30店を越えるに至っているが、第三セクターとして出発した当初は先に述べたように「税金で作った会社だ」とか「もっと長浜のために働け」というような悪意に満ちた声も多く聞かれた。また黒壁が3号店を展開している段階では、その目を見張るような集客力を見ても、「どうせ観光客でしかない。我々の商売にはつながらない」と冷たい眼を向けていた商店街の人たちもいた。だが4年目以降、客数や来街者が増え続けるにいたって、商店街のメンバーのなかにも、自分たちも積極的に商売のありようを変えて対応しようという前向きな意識も生まれ始めた。海のものとも山のものともつかなかった黒壁の事業を胡散臭そうにながめていた人たちも、メンバー達の熱心に働く姿を受けて、それが相乗効果となり商店街が盛り上がっていくことになった。“シャッター通り”いといわれる通りが、お客が回遊するようになった。黒壁の持つ古い歴史的な街並みを商店街一体として醸し出そうと、ファザード整備も行った。10年たつと、逆に黒壁の売り上げが相対的に下がり、商店街の店々が盛り上がってきた。ガラス事業が年問売上げ9億円くらいだが、黒壁は7年目から第三セクターとしての黒壁の役割を2つの戦略に分けて考え始めた。一つはガラス経営戦略、もう一つは街づくり経営戦略である。黒壁がシンクタンク的な役割を果たしながらタウンマネジメントを進め、これを事業化していくことである。現在全国の商店街の人たちが「黒壁に続け!」とばかりに視察・見学に訪れている。その時のために「町作り役場」を設けた。視察見学料1団体5000円と資料代 300円で、これが月に200万になる。この金をさらに事業に活かすことができる。単に建物を残すという感傷的な考えではなく、冷厳なまでに遇壁のメンバーは“事業”として捉えているのだ。

 この長浜の商店街の活性化をサポートし続けた人物に、長浜商工会議所の吉井茂人さんがいるが、「笹原さんは、一種のカリスマ性があって、こわ持て風の難しい顔をしているように見えますが、笑うと親しみのある顔をする、とても人情味のある方です。黒壁の初期からついてきた女性も“笹原さんだから”ということが大きいようです。また黒壁の内部でも商店街の人たちとの間でも、あるいは行政担当者だちとも意見が対立してずいぶんと激論になることもありますが、最終的にはあの笑顔に負けてしまう」と評する。「独善にならないように、黒壁の経営者として街のためにいいことをしているのだということを両輪に持ち続けながら、“無一物・無所有・無尽蔵”の哲学でこれからもやろうと考えている。無所有というのは黒壁は我々経営者のものではなく、皆のものであるということである」と笹原氏も言うように、彼は創業から8年間は月給をもらわずにやってきた。

「起業家(アントレプレナー)」に対して、「起街家(アンタウンプレナー)」という言葉を使うが、まさに笹原氏をはじめとした黒壁のメンバーがその両方を有する存在であろう。“そんなことできっこない”“どうせ無理”とマイナスのエネルギーに満ちていたなかに新風を吹き込むことは強い抵抗を起こすものだ。だが風評にまどわされず、自身の進むべく道を突き進んだ黒壁のメンバーの事業家意識が、この長浜の街作りに一つの大きな一石を投じたことは間違いない。

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