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【江刺の稲】
ある外食業経営者の退任
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第68回 2001年10月01日
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僕が最も尊敬し、本誌の様々なイベントにもご協力頂いてきたある外食産業の経営者が8月一杯で退任すると、メールをくれたのは盆明けすぐのことだった。
メールには、本誌が紹介した読者宅を引継ぎのためにバイヤーを伴って訪ねたが、「退任のことは言えなかった。後で手紙を書くつもりです」とあった。同氏を退任させた人々への非難がましい言葉や弁解は無いが、食材の提供を通して同氏の事業に協力してくれた読者に、直接、退任の挨拶を口にできなかったことへの無念さが表れたそのメールに同氏の誠実さと人間力を感じた。
今年の春、筆者がお願いしてパネラーになっていただいた東北地方での会合に、忙しい時間をやりくりしてトンボ帰りで参加した同氏が、「今期の決算が厳しくて苦労してますよ。少し農業にはまり過ぎたかもしれませんね」と笑って話していたのを思い出した。
業界通によれば、同氏は老舗の料理店が展開し業績不振に陥っていた和食レストランチェーンのてこ入れのために請われて入社したという。同氏は事業の建直しをはかり、さらに新業態のチェーン展開のために自ら農家や醸造元あるいは魚の卸を訪ね、直接面接をして高品質の食材を集めて回った。農産物に付いても産地というより生産者、その土作りへの取組みに注目した同氏の食材調達は、店のスタイルとともに顧客の支持を得た。
そうして契約した生産者から調達する野菜は、やがて自社だけではさばき切れなくなった。それならと、開店前や休業日に店舗の前を生産者に開放し、即売会を開いたりもした。保健所からクレームを付けられて苦労しているなんて笑って話していたのを思い出す。その後、受け皿となる卸と共に同業の外食業者に取引農家の野菜を供給したり、同社のホームページを介して有機農産物の個人向け販売をするなど、自ら発掘し育てたとも言える生産者の経営を助ける様々な取組みにも熱心だった。そして、それを自社の食材調達を安定化させるという手法に止めず、農と食とを結ぶ仕事としての外食産業が目指すべき経営理念を実現するために熱心に取り組んでいたのだと想像する。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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