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人生・農業リセット再出発

「稲荷の鳥居を越える」

「稲荷の鳥居を越える」と云う表現がある。狐は稲荷の鳥居を多く越すほど格が上がるの俗説から、年功を経る、長年の経験を積んでより成長するという意味。歳をとって校借になり人をよくだます、の意味もあるが、良い意味の方を採りたい。

「稲荷の鳥居を越える」と云う表現がある。狐は稲荷の鳥居を多く越すほど格が上がるの俗説から、年功を経る、長年の経験を積んでより成長するという意味。歳をとって校借になり人をよくだます、の意味もあるが、良い意味の方を採りたい。

 書斎の窓の向こうには田圃が広がっている。千葉はまだ水が温む前から田植えが始まるから、刈り取りも早い。夏休みの終わり頃には街の店頭に新米が出回る。その新米「コシヒカリ」を東南アジアの友人に自慢げに食べさせる。もっちり、ネチネチしていて不昧い、と言う。やはり自分の国の米がどう比較してもさらさらとしていて香りもあるし格段に美味しいと。長年育って来た環境の味覚差異はこうも違うものかと改めて認識する。確かに中華料理や東南アジア料理では日本末は合わないのだが。

 北京大学の教授と食事をした時のこと。元気の「気」は本来の漢字は「気」と書くが、その中の「米」は何を意味するかとなった。それは、東西南北・四方八方から中心に向かってパワーが集中してくる形とか。日本人は勝手に「〆」と改ざんするから元気が無いのだとご高説。元気の素である米を上から食べると消化されて下から異なって排泄される。それを合わせると「糞」の文字になるとか。

 稲荷神社になぜ狐が祭られているのか。古代に稲作文化が芽生えた頃、せっかく実った黄金の稲穂を鳥が襲う。その鳥を退治してくれる狐は、神様の使いであるとなった。稲が実る、転じてイナリ。稔り多きことから商売繁盛となる。神社に鎮座する狐は使用人であって、その奥の本来の神様は五穀豊穣を司る宇賀御魂命、おきながみ様である。友人の伊勢神宮宮司によると、鳥居は天照大神の機織り機の形とか。白木鳥居の下部分の貫きが横に突き出していないのは天皇家で、稲荷神社は朱色に塗るのが慣わしらしい。

 天高く馬肥ゆる秋。大気は澄み切り、栗ははじけ、万物が豊かに実る食欲増進の秋。一万メートル上空の操縦席から真上を見やると、満天の宇宙には燦然と煌めく星屑が暗黒の果てまでを埋め尽くし、最近ではめったに見ることが出来なくなった少年時代に見たあの懐かしい天の川がほのかに白く輝いて天空をまたいでいる。対流圏と成層圏の境である圏層界には、昔と比較すればかなりどす黒い汚染大気が滞留しているのが分かる。だが地上を眺めれば、まだまだ美しい緑に囲まれた宇宙船地球号が今日も自転している。

 神様は言う、人生お一人様一回限りとさせていただいております、と。この素晴らしい季節に森羅万象を心から慈しみ、永遠に生きるかのように華やかな生活をし、明日死ぬかのようにその命を惜しむ。

 我らが人生を謳歌しながら、稲荷の鳥居を越えたいものである。

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