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女だからの経営論

女だからの経営論

山形県藤島町の農業生産法人「庄内協同ファーム」の新社屋・加工場を訪れた。以前は工場だった建物をリニューアルした新社屋は、今年の6月にオープンしたばかり。事務所、会議室と続く建物のそのまた奥に、餅加工の製造ラインが組まれている。加工所を通り越して製造工場といった印象だ。
山形県藤島町の農業生産法人「庄内協同ファーム」の新社屋・加工場を訪れた。以前は工場だった建物をリニューアルした新社屋は、今年の6月にオープンしたばかり。事務所、会議室と続く建物のそのまた奥に、餅加工の製造ラインが組まれている。加工所を通り越して製造工場といった印象だ。


冬場の餅つきからスタート


 山形県藤島町の農業生産法人「庄内協同ファーム」の新社屋・加工場を訪れた。以前は工場だった建物をリニューアルした新社屋は、今年の6月にオープンしたばかり。事務所、会議室と続く建物のそのまた奥に、餅加工の製造ラインが組まれている。加工所を通り越して製造工場といった印象だ。

「うわあ、立派な工場ですねえ」

「あまりに広すぎて、私たちも迷子になるほどなんです」

 と、佐藤喜美さん(46歳)。協同ファーム設立当初からの組合員で女性8人が構成する「八彩耕房(やさい・こうぼう)」のメンバーでもある。

 そもそも庄内協同ファームのはじまりは、70年代の第一次減反までさかのぼる。後継者として就農した青年たちが、果たしてこのまま農業をやり続けていけるのかを悩み、農業や農協のあるべき姿を考えようと自発的に学習組織「農民レポート」を結成したのがはじまりだった。出稼ぎに代わるメンバーの冬仕事として餅加工に着手。といっても当初は小さな餅つき機でメンバーの家を転々としながらの作業だった。

 一方、鶴岡市の農家に生まれた喜美さんは、70年代、自分の将来をめぐって揺れていたようだ。

「農家の大変な部分は小さい頃から見てきました。当時は高度経済成長の波に乗って景気もよかったので、働く場所はいろいろあった。最初は勤めていたんです」

 そんなとき、地元の青年会の集まりで「庄内農民レポート」のメンバーで、現在は協同ファームの代表を務める佐藤清夫さんと出会う。

「自分はこういう農業をやっていきたいと、熱っぽく語られて…」

 こうして2人は76年に結婚。グループの中核として活動を続けてきた。

 その後、87年三川町に小さな餅加工所を設立。89年農事組合法人となり、2000年にはJAS法に対応し、AFAS(アファス)システムを導入。米、大豆、麦とその加工品、だだちゃ豆、庄内柿などの季節商品を販売し、現在正組合員36人、協力組合員30人、年商2億4000万円の実績をあげるまでに成長を遂げている。


「へちま水」のはじまり


 庄内協同ファームの主力商品といえば、餅やだだちゃ豆などが知られているが、もうひとつ、女性の根強いファンを持つ息の長いヒット商品がある。それは喜美さんたち八彩耕房の女性メンバーがつくる「へちま水」。食べ物ではなく、肌につける化粧水をなぜ農家が商品化するに至ったのか? その経緯はとても興味深い。

 生産者グループとして発足した当初から、メンバーは安全性の高い農産物の栽培を目指し、消費者団体や生協組合員との交流を積極的に行なってきた。

 最初につながりが生まれたのは、埼玉県の「さきたまグリーン生協」だった。収穫祭に呼ばれて餅つきの実演や、野菜販売を行なうなど、早い段階から意識的に「顔の見える交流」を行なっていた。約20年前、交流の印として参加者に手渡したのが「へちま水」だった。

「ああ、清涼感があって、さっぱりしていていいわあ」

 そんな消費者のひと言が、商品化のきっかけとなる。元々へちま水は、喜美さんのお姑さんに当たる、ばあちゃん世代の人たちが、毎年へちまを育て、茎からポタポタ落ちてくる水滴を採取して化粧品代わりに使っていたのだという。へちま2本あれば1年分間に合う。冷蔵庫がなくても土蔵に入れておくだけでよかった。

 折りしも『危ない化粧品』という本が出版され、メンバーが本当に安全な化粧水の必要性を感じたときでもあった。混じり気のない純粋なへちま水を消費者に届けよう。そんな試みが始まったのだ。

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