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江刺の稲

自らを問えぬのなら、未来を作る者に道を譲れ

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第76回 2002年06月01日

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僕は53歳。農業関係の仕事をするようになって約30年になる。その間、“厳しい環境”“未曾有の困難”“危機”“農業軽視”等という言葉が時候の挨拶のように語られる農業の周辺で飯を食ってきた。そこにいる人々の被害者顔とともに。でも、声高に農業の不幸を語るのは“農業関係者”であり、あるいは彼らにマインドコントロールされた地域を背負う農業者だった。
 僕は53歳。農業関係の仕事をするようになって約30年になる。その間、“厳しい環境”“未曾有の困難”“危機”“農業軽視”等という言葉が時候の挨拶のように語られる農業の周辺で飯を食ってきた。そこにいる人々の被害者顔とともに。でも、声高に農業の不幸を語るのは“農業関係者”であり、あるいは彼らにマインドコントロールされた地域を背負う農業者だった。

 ところで、そんな枕詞付きの挨拶で始まる会合の後には、いまだにコンパニオンのネーチャン付き宴会というのが通り相場だ。その度に「これ誰の金で飲ンでるの?」と訊ねたくなる。それは“○○県××認定農業者研修会”とか“△○町凸凹農業経営研究会”とかの行政機関やそれに順ずる団体名が名を連ねる会合である。皆が自腹でする村の寄り合いとは違うのだ。僕だってネーチャンは嫌いじゃない。宴会を止めろとまでは言わない。でも、こんな時代になってもまだそれに疑問をもたないでいる農業経営者たちは失礼ながら時代錯誤だと思う。

 約10年前、その直後には反故にせざるを得ないのを承知で「一粒たりとも米は輸入させない」という国会決議が三回も“全会一致”で可決されたことを覚えてはいないだろうか。その当時、農協組織が農民の被害者意識を煽り、デモに動員して、農水省の役人や国会議員の待ち受ける霞ヶ関で農家に怒号を上げさせて“ガス抜き”をさせていた。それらは皆、農民たちの罵声を受けていた当の役人と政治家と農協組織が、農民支配の手法としてシステム化してきたものであった。同時にその彼らが、自分たちの仕事を作るために農家を補助金付けにし、その自由を奪ってこなかったか。シャブ付けにして自由を蹂躙するその筋の者と同様に。さらに、これはと思われる農家には、玄関に飾るための額まで付いた賞状を渡し、“担い手”だ“中核農家”だ“認定農家”だなどとその時々の言葉を使って猫撫で声で農家に擦り寄っていった。いわば“誉め殺し”である。

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