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新・農業経営者ルポ

家庭菜園が発掘したブラジル野菜市場

20年間のブラジル暮らしの後、帰国。趣味で始めた家庭菜園のブラジル野菜が職場の日系ブラジル人に好評を博す。あくまで友人へのおすそ分けとして始めたもの。しかし、林の野菜を求める日系ブラジル人があまりにも多く、断るつもりで野菜に値段をつけた。すると、逆に来訪者が一気に増え、専業のブラジル野菜生産者となる。現在、全国の約450店舗に出荷し、売り上げは月1000万円。取材・文/昆吉則 撮影/編集部
故郷の味を求める日系ブラジル人

 現在、日本各地に暮らす日系ブラジル人は約30万人。その人たちが故郷で食べていた野菜や果物を日本国内で生産、供給している人がいる。群馬県大泉町を拠点に「C・A・H」という屋号でブラジル野菜を生産・出荷する林治男(60歳)である。出荷にあたってはブランド名として、“ブラジルの味”を意味するサボール・ブラジレイロという名称を使っている。全国450以上の店舗に届けられる作物の売り上げは、月平均約1000円。出荷先はブラジル人向けのスーパーやブラジル料理店ばかりではなく、半分は一般のスーパーだという。日系とはいえ数世代にわたってブラジルに暮らしてきた人々が慣れ親しんできた食材に対するニーズは大きく、生産力をはるかに超える需要がある。さらに、新しい食材に対する関心も高まっている。また、ブラジル野菜の多くはヨーロッパ諸国を原産とするものであり、ブラジル以外の外国人にも懐かしさを感じさせるものであるらしい。ところで、そんな林のブラジル野菜ビジネスは、日系人の妻や同じ職場で働く日系ブラジル人を喜ばせたいと、家庭菜園から始まったものである。

 ブラジルやペルーなどに移住した日系人の子孫たちの出稼ぎが急速に増えたのは1990年以降のこと。ブラジルのインフレによる経済的困窮や治安の悪さを嫌う日系人が、日本に働き場所を求めたからだ。それ以前にも不法就労はあったが、自動車をはじめとする産業界の人手不足を解消する目的で90年に入管法が改正されたのを機に、一気にその数が増えた。現在は、そのまま定住する人々も増えている。

 日系ブラジル人が多く住んでいるのは、林の住む群馬県のほか、静岡、愛知、岐阜、三重、神奈川、埼玉、茨城、千葉などの各県。そうした地域には日系ブラジル人向けスーパーもチェーン展開され、日系人向けのポルトガル語の新聞も発行されている。一概に日系人といっても、日本からの移民の孫やひ孫たちだけではない。日系人と結婚した家族やその子供たち、あるいは日系人の養子になった人々までが含まれる。

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