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新・農業経営者ルポ

家庭菜園が発掘したブラジル野菜市場

 取り扱う店も増えた。全国展開しているブラジル人向けスーパーのほか、地方スーパーからイトーヨーカドーとも本社直々の依頼で直接口座を開いて取引するようになった。ただし、林の生産能力の限界から数店舗だけに止めさせてもらっている。林の納屋は文字通り小さな倉庫にすぎないが、スーパーの指定伝票が発行できる事務コンピュータが導入されている。そうした事業者としての基本条件を持っていることが信用の前提になっているのだろう。

 奥さんが食べたいという野菜をつくるために、ブラジルに手紙を書いて種を送ってもらっていた家庭菜園の時代は、検疫の必要も知らなかった。言ってみれば不正輸入だった。現在では、多くの種は専門商社を通じて検疫を受けて輸入し、ヨーロッパ原産の野菜については、ほとんど国内の種苗メーカーで調達が可能だ。少量のものだけ林が個人輸入の形で取り寄せている。


金を追うな、仕事を追え

 林のところには、もうかると思ったのか作らせてくれと訪ねてくる人が多い。しかし、「お金が先にたつ人は信用できないから」と林は言う。

 また、この前まで林を手伝っていた長男の清治(せいじ)は、人を入れて事業を拡大しようと提案した。しかし、林はそれを認めなかった。それが、長男が別に仕事を求めた理由だったのかもしれない。

 それ以上に、ブラジルの話をする林の顔や声には、彼自身のそれへの想いがこもっている。それが、林の元にブラジル人たちはもとより商売人を含めた人々が集まる理由なのだろう。この人にとって商売は目的ではないのかもしれない。

 「金を追うな、仕事を追え」という言葉がある。それこそが商売を成功させるひとつの鍵ともいえる金言である。金を追えばこそ人は目的を見失い、失敗するのだ。林はひたすらにブラジル人が喜ぶことに感激し、それを励みとしてブラジル野菜をつくってきた。

 しかし、林はブラジル時代に個人の力ではどうにもならない世の中の変化を体験してきた。その経験は、林のその後の生き方にも影響を与え、それゆえに事業拡大に慎重なのかもしれない。

 林の出荷する野菜は、品物によってはほかでもつくっているものも少なくない。でも、顧客は、そして取引先は、単にブラジル野菜を求めているわけではない。彼らは、林から買うブラジル野菜に満足しているのではあるまいか。これこそブランドである。林はそれをつくったのだ。そのブランドに対する顧客の信用や顧客の満足を裏切らない生産と販売の管理を確立できれば、林のブラジル野菜ビジネスはさらに発展できる。清治の意見は間違っているのだろうか。林の事業拡大を望むことは、林やその家族のためというより、顧客のため、あの喜んで買っていくブラジル人にさらなる満足を与えるためなのではないか。(文中敬称略)

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