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家族と農業経営

家族経営協定が見失っているもの

農家の女性のあり方は50年で急展開


 戦後間もない1948年、生活改善普及事業がスタートした時点では、農家には上水道の整備、回虫の撲滅、かまどの改善など目に見える形で改良すべきところが多々あり、普及員も農家の人たちも一体となって邁進していた。

「公衆衛生の概念とか、手作業から機械化へとか、新しいものを持ち込んでとにかく『俺の指導に従え!』という時期がありました。それも昭和40年代まで。農家が成熟してきた今、同じやり方で事業を展開しようとするのは、『押し付け』でしかありません」

 坂口さんによれば、○○推進事業、○○活性化事業といった政策が、やたら増えてきた昭和50年代から、かつての普及事業熱は鎮まり「小さな親切、余計なお世話」の感が強くなってきたという。

 私が農家を訪ね歩くようになったのは95年だから、生活面における改善事業は、とっくに終わりを告げていた。残されていたのは「加工所・直売所の立ち上げ」と「家族経営協定」だったのである。

 その背景には、いまだに「農家の女性は虐げられた存在」であるという先入観が漂っている。しかし、私の目の前に現れたのは、自信と誇りをもって家業に打ち込む、ワーキングウーマンだった。

「結婚したら専業主婦になりたい人にはオススメしないけど、自然の中で子どもを産んで育てて、仕事も一生続けていきたい。そんな欲張りな女の人には、農業がぴったりだと思う」[北海キャロットさん]
 なんつー人もいた。

「知力、体力、そして家族や地域の人たちとうまくやっていく性格のよさ。この3拍子そろわないと、やっていけない」[白滝ハム子さん]

「農家もどんどん減りつづけて、残っているのは、仕事として農業を選び取った精鋭ばかり。いまどき役所に助けてもらおうなんて気弱な人はいない」[長野出耕子さん]

 農業は、今や欲張りで優秀な女の人が、一生かけてやる仕事なのである。どこが虐げられているのだろう? このギャップは何なんだ?

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