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特集

農薬は誰のために?


 行政は、何が本当にダメで何がそうでないか、生産者と消費者の両方に軸足を置いて、解決すべき情報の橋渡し役をやらないと今の時代は危険ですよということを言いたい。

 また、これまで価格は流通主導型で形成されてきた。デフレで小売がもがいているのは分かるが、それを生産の現場に持ってこられても、農家も吸収できない。特に減農薬や無農薬栽培はコストもかかり、容易に安くできるものではないことを理解してほしい。

 今回、安全性の議論が高まっている。今こそ両者が協力し合って、トレーサビリティも含め、できること、できないことをはっきり確認すべきだろう。そして適正な情報を提供すると共に、必要とされるコストについては消費者にきちんと明示していくチャンスではないかと思う。


「無登録=毒」という概念は間違い 安全性の議論がすり替えられた(有限会社津南高原農産 代表 鶴巻義夫さん)


 今の風潮を見ていると、「無登録農薬を使っていなければ安全」としているようだが、基本的には農薬は毒。安全性の問題が完全にすり替わってしまっている。

 化学合成物質である以上、登録農薬でも毒性がある。なぜ登録が失効したかは、メーカーの製造プラントが老朽化したとか、新製品を売りたいためとか、メーカー側の都合が多く、必ずしもその毒性が問題になったからではないだろう。その辺のところが一般のマスコミでは伝えられていない。登録農薬=安全、無登録=毒という認識にすり替えてもらっては困る。

 本来は、農薬を使わなくて済むような技術をどう確立していくか議論すべきなのに、相変わらずそちらの方は全く進んでいない。この登録問題は、逆に毒の技術を肯定しているようなものだ。

 環境に一番マッチしなけばならない農業が、一番環境に悪いことをしている。その反省があって切り替えていくべきなのに、毒から抜けきれない。

 農薬は、戦後の日本の近代化農業の中で、農家にとって、なめても食べても良いと思えるほど有り難い魔法の薬だった。農作業のマニュアルの中に染み付いている。

 今回のこともみんな少なからず似たようなことがあり、摘発された農家は運が悪かったと思っている。農協はもみ消しに必死だ。皆が残留分析に殺到しているが、ただその場を取り繕うためにやっているように感じる。農薬の安全性議論とはほど遠い。

 また消費者も無知で情けない。すぐに風評に踊らされて、その地域の農産物全てが売れなくなる。街の中、家庭の中に農薬以上に毒性の高い化学薬品が溢れていることに気が付かない。

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