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農業経営者ルポ「この人この経営」

酪農経営の可能性を独力で拡げた農業界の“落第生”

 現在、牧場部門の事業収入を上げるために川口さんが注目しているのが、牛乳加工品の開発だ。基本的に原乳は、レストランの食材としての利用やアイスクリーム・ソフトクリーム原料としての利用以外は、JA経由で出荷されている。牧場内での原乳利用を増やし、付加価値を付けて直接販売できれば、酪農部門も経済的に成り立つかもしれないと川口さんは考えている。

 アイスクリーム需要が好調な夏期を中心に、年間搾乳量の15%程度は牧場内で“自家消費”されるが、アイスに次ぐヒット商品がまだ誕生していない。

「レストランでバターを使おうと思えば、副産物としてできる脱脂粉乳の活用法を考えなければいけません。低脂肪のチーズとか、カルピスのような発酵飲料とか、アイデアはいろいろあるんです」(川口さん)


大都会では絶対できない理想郷を作る


 経済効率だけ考えれば、糞尿処理の問題はさておき、牛舎での大量飼養のほうが利益は出やすい。

「でも私は、やっぱり規模に合ったほどほどの頭数を、春から秋まで牧草地に放牧して、糞尿は自然に草地に還す自然循環の牧場を考えたいんです」(川口さん)

 酪農現場としての経済効率という視点だけで見ると、この牧場には実に無駄が多い。たとえば、八甲田山を遠く望む羊の放牧場の周囲には桜の木が50本近くも植えてある。ブナの植林地もある。そもそも、ビジネスにはならない羊の飼育を「絶対にやめたくない」と川口さんは言う。

「羊は、草を食べて肉とウールを生産しますよね。貧しいところほど羊は適している。今は肉も毛糸も安く入ってくるので、お金で考えると誰も羊を飼わないですが…」
 つまり、羊は、家畜で衣・食をまかなう牧畜文化の象徴的な存在なのだ。その文化性や牧場としての風景に、川口さんはこだわっている。

 この牧場では、毎年5月と10月上旬には牧場祭を開催する。酪農体験や、羊の毛でのフェルト作り、牧草と牧場周辺の野草のドライフラワーを使ったリース作り、バター作り、パン焼きなどさまざまな体験学習も行っている。また、コンサート、古い着物をドレスに蘇らせるファッションショーなど、数々のイベントも行っている。

「自然のなかで感性を磨き、本当の意味の地域文化を、牧場を拠点に育てたい」
という川口さんの思いがそこにある。ユースホステルを訪れた若者たちが、この牧場の魅力にとりつかれ、後にボランティアとして訪れたり、料理師や牧場スタッフとして後年再びやって来るケースが多いのも、この牧場の持つ自然と文化あってのことだろう。

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