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農産物販売だけが農業経営か?
川口さんと話していて、北上産地のある酪農家のことが頭に浮かんだ。「ハイジの世界に憧れて酪農の世界に入った」というその酪農家は、山地酪農(自然放牧)を夢見て国営事業の開拓牧場に入植したが、乳脂肪率を求める乳業メーカーと増頭を求めるJAに振り回された。試行錯誤の末、結局は山地酪農を捨てず、そのために銀行から融資を受けてプラントを建設して牛乳の直売を始めた。
原乳をメーカーに売るしか販路がない以上、乳業メーカーの価値観から離れることはできない。自分の目指す酪農形態を維持しようと思えば、販売も含めた経営の独立に行き着く。川口さんも、その点では同じだ。レストランを軸にした複合経営は、心に描く酪農風景を守る方策でもあった。
「『春の小川』の歌詞のような自然をこの牧場に復活させたい」
という夢が川口さんにはある。大都会では絶対にできない、自然と人間のハーモニーのとれたユートピアを実現したいと考えている。
「農業経営者としては、私は落第のほうですから」
と川口さんは言う。しかし、彼を“落第生”としてしか見てこられなかった農業界の視野の狭さのほうが、実は問題ではなかろうか。
多くの農業者は今まで、作物収入のみに頼り、少し広げてもそれに加工品収入をプラスして採算をとることに終始してきた。しかし、そんな枠にとらわれる必要がどこにあったのだろうか。コーラよりも安い牛乳価格のなかで、原乳とオス子牛販売だけで採算をとろうと考えるほうが、経営という視点から見れば無謀ともいえる。規模拡大による効率化も方策のひとつにはちがいないが、方法はひとつではないはずだ。
牧場の風景には観光資源としての価値もある。乳牛は、ただ乳を出す経済動物であるだけでなく、景観動物としても価値がある。人間の心を癒し、子供たちへの食農教育の場にもなる。川口さんが、そのことにいち早く気づいたのは、彼が東京で生まれ育ち、「都市にはなくて農村にある資源」がよく見えていたからにちがいない。
今でこそ“農業の多面的機能”などと言われるが、近年までの農業政策は、その側面を切り捨てて、農業の効率化と農業所得の向上ばかりを目指してきた。農業の多面的な資源を無視し続けてきたのは、実は農業界のほうではなかったか。
ちなみに昨年、カワヨグリーン牧場は「酪農教育ファーム」の認定を受けた。「酪農教育ファーム」という発想は、90年代後半、フランスから日本に紹介されて一躍脚光を浴びた。しかし、フランスから教えられずとも、この牧場は40年も前からこの場所にあり続けてきたのである。
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川口彰五朗
カワヨグリーン牧場
東京都渋谷区生まれ。1960年、明治大学法学部卒業後、下田町に移住しカワヨグリーン牧場の経営を始める。その後、牧場での宿泊事業、レストラン事業に着手。現在、総売上高は、約1億1500万円。牧場経営のほか、地元の産業界でも幅広く活躍されている。
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