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江刺の稲

日本の野菜はソウルやパースよりも安いという“自信”

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第82回 2002年12月01日

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“日本は物価(とりわけ農産物価格)が高い”という常識はもう成り立ってはいない。日本のデフレはそこまで来ているのだ。ウォンのレートも1円が約10ウォンというレベルは特別に変動していない。
 そして、やがて読者たちは気が付いた。日本では農業資材コストも人件費も物流費も格段に高く、様々に困難は存在する。にもかかわらず、日本農業はそれに耐えているという事実を。

 輸入圧力どころか、我々の持つ商品品質や“日本”というブランド力を活かせば輸出だって出来るのではと思えてくる。

 今、韓国では「2000ウォン(=200円)ショップ」というものが流行している。「100円ショップ」である。しかも、売られているものは日本経由の中国製。肝心なのは日本ブランドの商品(日本語の表記がある)であることなのだ。そこでは日本の倍の値段で店を構え、人々の人気を博しているのだ。韓国人は言われたくないかもしれないが、現実の韓国の消費者は日本をブランドとして評価している。だとしたら、可能性としては日本の農産物を韓国に輸出することだって充分に考えられる。つい1、2年前に、韓国の農産物輸入にセーフガードの発動を騒ぎ立てた日本なのに…。

 本誌が敢えて語る海外生産など農業経営の一つの可能性に過ぎないのである。むしろ、我々が問題にすべきは日本の農業界や農家に巣食うヌクヌクとした安楽椅子に座ったままの敗北主義、被害者意識あるいは精神の怠惰なのである。魅力ある存在としての“日本農業”などと大上段に語る必要などない。貴方自身の商品、あるいは農業経営が顧客たる消費者にとっていかに魅力的であり、必要とされるかだけが問題なのだ。

 そして、自分を見つめることの中から現代の消費者、それも自分がこの人こそをお客さんにしようと考える対象にとって、自らの魅力とは何であるかを考えてみよう。我々が考えるべきことは、間違っても農業(供給者)の側から“地産地消”などと説教を垂れて自分たちを押し付けることなどではないはずだ。

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