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農業経営者ルポ「この人この経営」

生産者自らが海外の産地と肩を組む時代

 ほとんどの農産物の市場が縮小傾向にあるなか、成長が見込まれている分野がある。葬儀用の輪菊だ。データによると2000年の年間死亡人口は100万人超だが、ピークの2020年頃には約180万人に達する。現在、1兆円といわれる葬送市場は3~4倍にも膨れあがるといわれている。 だが、菊農家すべてが安泰ということではない。ピークを境に死亡人口は徐々に減る。また、葬式が質素になっており、必ずしも葬儀の件数が花の需要と結びつかなくなってきた。 そんななか、電照菊の最大の産地である渥美半島の菊農家、小久保恭一さんは需要増加を見込み、大分県に第二農場を作る計画まで立てている。 小久保さんは、志をともにする農家との組織をつくり、国内のみならず海外との産地提携に乗り出した。商社に任せてきたことも、もはや農家自らがする、いや、しなければならない時代になった。
20年前に確信した「分業の時代」の到来

 21歳で農業を始めた小久保さんは、キャベツや大根を作っていたが、途中から白い輪菊の栽培を加え、34歳で菊専業になった。

 昭和60年頃、花き市場の統合が進み、大量の花を安定出荷できるようにという農協の音頭で「周年菊出荷連合」がつくられた。小久保さんは2代目の会長に就任。農家をうまくまとめ、当時市場を席巻していた品種「秀芳の力」の代表的な産地にのし上がった。

 有名な産地になった出荷連合に新聞取材が入った。取材に応じた小久保さんは、記者にこんなことを話した。「これからは国際分業の時代になりますよ」

 発言には確たる根拠があった。当時、小久保さんはブラジルから研修生を受け入れていた。菊の苗が日本では4~5円すると話すと、研修生は「高いね。ブラジルでは1円です」小久保さんは驚いた。

 かねてから、渥美半島一帯では人件費の高さが農家の悩みだった。人口が減る一方で、菊やキャベツ、メロンの栽培が盛んで専業農家が多い。「パートさんの取り合いみたいになって、人件費がどんどん上がってしまった」(小久保さん)

 さらに、育苗と出荷用菊の管理の両立は労力的に負担が大きかった。人件費の軽減、省力化のためにも海外の産地との分業は避けられなくなると小久保さんは読んだ。コメントが載った記事を見た商社の丸紅が、すぐさま小久保さんにアプローチしてきた。


自分がいなくても農場が回る体制を整えたい

 さっそく、丸紅を通じてブラジルから苗の輸入が始まった。この輸入にいたるまでの経験が、小久保さんの経営を大きく変えるきっかけになった。

 苗の輸入の話しが進むにつれ、小久保さんは幾度となくブラジルやイスラエルなど施設栽培の先進地を精力的に見て回った。また海外の技術者も小久保さんの農場に訪れるようになった。

「彼らがわたしの農場に来ると必ず『ECやpHはどのぐらいで管理しているのか』と聞いてくる。でも施設といっても土耕でやっていた私には答えることができなかった」
 小久保さんは目からうろこが落ちる思いだった。農業技術といえば、親から教わったり勘で覚えていくというやり方だと思っていた。農協などもそれ以上のことはいわない。

 しかし、海外の農家は数字をもとにたった一人でハウスを管理している。「私も彼らのようになれば、世界中をまわることができる」

 当たり前と思っていたことが、海外に出てみて当たり前ではないことに気づいた。これが小久保さんの転機になった。そして、いまから8年前、土耕で点滴かん水する養液栽培を導入した。ようやく日本にも普及するようになった頃だ。始めは、水量の調整が大変だったが、作業の省力化や、肥料代が1/5になるなど大きな効果をもたらした。

 一方、苗の輸入だが当初は、根のついた「発根苗」での輸入を想定していたが、土付きのため検疫に通らないこと、また物流費の高さも問題だった。試行錯誤をするうち、日本から親苗を送って海外で苗を増やし、根のない「穂」の状態で輸入し、ハウスに定植する「直刺し」という技術で対応できることになった。

 現在はブラジル、ベトナム、スリランカから輸入し、沖縄からも入れている。ただし、良質な苗だけを輸入するために、海外の産地はオランダ人の管理者がいる農場とだけ提携しているという。

 小久保さんのハウスを見せてもらった。品種はすべて「神馬」だが、ブラジル産、スリランカ産と、国ごとに植えられていた。養液栽培もはじめとは様変わりした。いまは点滴方式ではなく、ハウスの頭上から水や養液を噴射させる「頭上かん水システム」が主流。オランダで普及していた方法を3年前から導入した。このシステムでこれまでよりも定植後の生育がさらによくなったという。

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