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農業経営者ルポ「この人この経営」

キュウリの味は人生の味

おいしいキュウリが食卓に上らなくなって久しい。一般的に生産・流通サイドでは形や色つやばかりが追求され、その結果、店頭では皮が硬くて中身がグシャグシャした味気のないキュウリが幅を利かせている。買う側には「どうせサラダの飾りだから」というあきらめがある。消費は伸びず、単価が下がる。するとさらに手間とコストを省くため、ますます食味が落ちていく。
 おいしいキュウリが食卓に上らなくなって久しい。一般的に生産・流通サイドでは形や色つやばかりが追求され、その結果、店頭では皮が硬くて中身がグシャグシャした味気のないキュウリが幅を利かせている。買う側には「どうせサラダの飾りだから」というあきらめがある。消費は伸びず、単価が下がる。するとさらに手間とコストを省くため、ますます食味が落ちていく。

 斎藤保行さんは、そんな悪循環を断ち切ろうと、キュウリの味に全精力を注いでいる。厳選した堆肥を使い、独自の配合で作ったぼかし肥料を与えることで、キュウリが健康に育つ環境を整える。品種は果粉の付かない品種(ブルームレス)だが、目指すのは、昔のブルームキュウリがもっていた旨味と食感だ。

「キュウリは、人間の思い通りにはなかなか育ってくれないし、肥やしもたくさん食います。でもうまい“食い物”を与えれば、キュウリそのものもうまくなる。生き物ですからね」

 3棟あるハウスの中を回りながら、もぎたてを1本手渡された。かじりつくと、皮がパリッと弾けた。内側にはしっかりした歯応えがあり、豊富な水分とともに旨味が口の中でほとばしる。へたの部分にありがちなエグみもない。

「良いキュウリは未同化窒素がのってないから、最後まで食べられる。皮だっておいしい。やっぱり、もろきゅうで1本食べてもらえるようなものを作らないと、消費なんて伸びないですよ」

 かつて、地元の小学生たちが社会科見学で斎藤さんのハウスを見に来たことがあった。塩に漬けただけのキュウリを出すと、皆あっという間に何本もたいらげた。聞けば、その中には、クラスでは野菜嫌いで通っている子も何人か含まれていた。ふだん給食で出る野菜はほとんど残してしまうという子たちが、斎藤さんのキュウリにはかぶりついたのだ。

「そういう子はむしろ敏感なんだろうと思いました。野菜には体にプラスになるものとマイナスになるものがあって、それがうまいかまずいかに現われる。野菜嫌いと言われる子供たちはそのことが分かっていて、体にプラスにならない野菜を拒絶しているんじゃないのかな」

 野菜も人間も生物だ。健康なキュウリを育てれば自ずとおいしくなり、それを食べた人間も健康になる。野菜嫌いの子供たちが増えている背景には、経済性のみを優先し、不健康な野菜を作り続ける農業界に 問題があるのではないか。斎藤さんにはそんなふうに思えてならない。


農業がイヤで仕方なかったドラ息子


 福島県福島市。周囲を山に囲まれ、阿武隈川の豊かな水に恵まれたこの地は、ナシ、モモ、リンゴといった果樹栽培で知られる他、キュウリの一大産地でもある。

 駅から車で20分ほどの市北東部で、斎藤家は長年農家を続けてきた。キュウリのハウス栽培に取り組み始めたのは父、安市さんの代からだ。が、大学を出た斎藤さんが就農した頃には30年もの連作で畑はボロボロだったと言う。

「土壌が砂目なので、農協さんの指導通りにリン酸を多めに入れ、わざわざ養豚場までワラを運んで、ブタに踏ませた生肥をたくさん使っていました。それでEC(電気伝導度)が高くなって害が出た。言われるがまま、自分の頭では何も考えずにやっていて畑をぶっ壊したんだから、切ない話です」

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