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旅の曲者

旅の翁

カイロに暮らしていた頃、いろんな旅行者と知り合った。多くはいわゆるバックパッカーと呼ばれる個人の長期旅行者たちである。カイロという町は、アジア、アフリカ、ヨーロッパの結節点のような場所に位置している。そのため多くのバックパッカーが集まって情報交換の場となっていた。  
 水津さんもそんなバックパッカーのひとりだった。半年ほど前に日本を出て船で上海に渡り、中国、チベット、ネパール、インド、パキスタン、イラン、トルコ、シリア、ヨルダンを経て、エジプトへと、すべて陸路でたどりついたのだった。

 しかし、それだけならさほど珍しくはない。アジアを横断してエジプトにやってくる旅行者はけっして少なくなかったからだ。ぼくが驚いたのは、水津さんが当時72歳だったことである。

 初めて会ったとき、水津さんはカイロの安宿の一室で、ほかの若い旅行者たちと旅の話をしていた。小柄で、とくに頑健そうにも見えない。むしろよけいな力がすっかり抜けた飄々とした佇まいの老人だった。

 水津さんが旅をはじめたのは60歳の定年のときだった。あまりに暇なので、ふと思い立って隣の台湾にでも行ってみるかとリュックを背負って台湾行きの船に乗った。初めての海外旅行だった。

 ところが初めて訪れた台湾で、水津さんは旅の楽しさに開眼する。日本よりも旅に金がかからない。日本人の集まる宿に行けば、若い人と話ができる。飯もうまい。足腰は鍛えられるし、ボケ予防にもなる。言葉ができなくても、なんとかなる。それに楽しい。こうして水津さんは毎年1年の大半をアジアを中心とした旅に費やすようになった。

 水津さんの旅の資金源は年金である。日本では年金暮らしといえばささやかなものというイメージがあるが、貧乏旅行をしていると月6万くらいしか使わないので貯金ができてしまう。

 しかし、年齢を考えると病気や怪我などは心配ではないとかと訊くと、水津さんは「わたしの旅の愉しみの一つは入院なんです」と妙なことをいう。

 「この歳になると無理はできませんから、風邪ひいたりするとすぐ病院に行くんですわ。この歳やから、たいてい断られません。そこでゆっくり静養して、午前中の医者の回診が終わると市内観光したりするんです」

 うーむ、すごい。ちなみにこうした入院費は旅行保険で払い戻されてしまうという。もちろん実際に怪我をしたり病気になったりして入院することもあるというが、そんなときも先の旅行の計画を立てたりしているとわくわくして、不安などまるで感じないそうだ。

 水津さんは「年をとっても、なにも知らんでも旅はできるということを、年寄りに知ってほしい。家で孫の面倒見たり、守衛さんやったりするよりずっとおもしろい」という。

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