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【農業経営者ルポ「この人この経営」】
崖っぷちからみせた底力
- 農業ジャーナリスト 青山浩子
- 第54回 2003年12月01日
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水耕栽培というと、作物を問わずイメージから語られることが多い。たとえば、消費者の間では「工場製品みたいで農産物という感じがしない」、「あまり栄養がなさそう」といわれがちだし、生産に携わる人からは「コストが高くつき、経営的に大変ではないか」という声も多い。
だが、この水耕栽培の世界に果敢に飛び込んでいった農家がいる。生で食べられるホウレンソウとして知られている「サラダホウレンソウ」を栽培する須之内守さんだ。いまから10年前、ほとんど知識がないまま、水耕の世界に飛び込んだ一人だ。
750坪あるハウスにずらりと並んだホウレンソウ。現在、須之内さんは無農薬栽培で周年出荷している。栽培は、ボール紙をV字型に折ったような「シードチップ」と呼ばれるトレイに播種・育苗し、苗をベッドに植え込む。定植から収穫まで27~40日。1年に11回転と水耕ならではの効率のよさだ。早朝収穫したものを両親と奥さんが1袋100gに調製する。季節によっても異なるが、1日に30~50ケース(1ケース25袋)をコンスタントに出荷する。
ハウス内の環境が常に制御されているとはいえ、もともと暑さに弱いホウレンソウを夏場も途切れることなく出荷できる農家は多くないという。それだけではない。須之内さんのホウレンソウは、品質にも定評がある。
須之内さんのビジネスパートナーで、現在水耕野菜の新商品開発・販売を手がけるアグリハジメ(有)の岩根真社長は「サラダホウレンソウを作る生産者のなかで須之内さんのホウレンソウはピカイチ」と絶賛する。しかし、ここまでの道は決して平坦ではなかった。いや、平坦でなかった道こそが、いまの須之内さんのホウレンソウを作りあげたのだ。
待ち受けていた試練
太平洋に面する波崎町は、砂地を活かしたメロンやピーマンの栽培が有名な場所だ。須之内さんも10年ほど、ピーマンを中心にメロン、ミニトマトなどを施設で栽培し、農協に出荷していた。だが、「土で手を汚しながら労力のかかる野菜づくりに、正直なところ体も心も疲れていたんです」(須之内さん)。
1992年、資材業者の誘いで、県内の旭村で水耕のホウレンソウを作っているという農家のもとに視察に行った。「見てすぐにでもやろうと思いました。経費がかかることはわかっていたけど、土を使わなくてもいいし、いままでより省力化できそうだった。通年で出荷できる点も魅力だった」。
須之内さんが一目見て決心をしたのには、別の理由もあった。彼が視察したのは、ある住宅メーカーが新規事業として販売を始めたプラントだった。そのメーカーはプラントを売るために、ホウレンソウを販売する会社まで作っていた。「メーカーから栽培指導も受けられ、ホウレンソウのはけ口も決まっている。これなら利益も出るはず」。須之内さんは、他のすべての作物をやめ、3,000万円(ハウスの費用を除く)を投資してサラダホウレンソウに賭けてみることにした。
だが、始めてまもなく壁に突き当たった。商品として出せるようなホウレンソウがまったくできなかったのだ。
水耕栽培の作物は、「水が命」といわれるほど、水によって生育が大きく左右される。水耕栽培のなかでもとりわけ敏感なホウレンソウは、水質や水温が少しでも変わると葉が黄色っぽくなったりしおれたりしてしまう。そのため水温、肥料設計などをこまめに調整する必要がある。
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青山浩子 アオヤマヒロコ
農業ジャーナリスト
愛知県岡崎市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業。日本交通公社(JTB)勤務を経て、韓国延世大学に留学。帰国後、(株)船井総合研究所などに勤務。在職中、農業関連のコンサルティングに携わる。1999年に独立、農業関連のフリージャーナリストとして活動中。著書に、『「農」が変える食ビジネス』(日本経済新聞社)、『農産物のダイレクト販売』(共著、ベネット)、『強い農業をつくる』(日本経済新聞出版社)がある。農業関連の月刊誌、新聞などに記事を連載する一方、茨城大学農学部の非常勤講師、韓国農民新聞の客員記者も務める。
http://aoyama.my.coocan.jp
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