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江刺の稲

上海に日本人農業経営者のアンテナショップを作ろう

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第94回 2003年12月01日

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 高層ビルが林立し、至るところで新たなビルや公共施設の建設が進む上海の町並みは、かつて手塚治虫の漫画で見た未来都市のようだ。かつて中国を形容する時によくいわれた自転車の群れはもうない。流行のスポットを歩く若者たちのファッションも日本と変わらない。でも、展示会の当社のコマで中国人スタッフ2人の携帯電話が盗まれ、1年間の中国駐在経験を持つわが社スタッフもホテルの朝食中にパソコンなどを入れたカバンを置引きされてしまった。それも、今の中国なのである。約40年前の日本人が体験していたことと、日本もまだ持ちえていないような“未来”に向けて驀進するような変化を上海の人々は同時に体験しているのかもしれない。この国の人々が持っている空腹感や少し乱暴に見える振る舞いは、むしろ人や社会としての健康さでもあるのだ。その中にいると、むしろ豊かさの中で精神の成人病症候群に悩み、それゆえの敗北主義に陥っている日本人や日本という国の不甲斐なさを感じるのはぼくだけではないだろう。

 変化が急であればこそ、当然のことながら様々な矛盾が存在するだろう。でも、我々が泥棒に会うのも、現代の日本人の感覚からすればギョッとさせられる光景に出会うのも、ついこの前までの日本の姿だった。東京オリンピック前の日本のタクシーは“神風タクシー”と呼ばれてヒンシュクを買うものであったし、その当時に田舎に行けば、道路際で婆ちゃんが尻を出して用を足すのも当たり前の姿だった。

 きっと上海でも、ついこの前まで車のクラクションは「ドケーッ!お前らドカンカーッ」と権力的な音を発しながら走っていたはずだが、今、そんな車はいない。町でタンを吐く人の姿も目立たない。そんな表現で中国を評して優越感を感じる日本人こそ彼らに追い越されるのだ。

 でも、こんな上海あるいは中国であればこそ、そして我々農業関係者であればこそ、そこに、必要とされる場があると考えるべきだ。我々は、その変化を体験してきたからだ。単なる生産技術の移転より、我々の消費体験あるいはそれを保証してきた生産の体験こそが肝心なのである。農業を含めて、安い労働力を期待する“開発輸入”の時代は終わり、新しい日中の関係が始まろうとしているのだ。

 今回の短期間の上海旅行で“上海に読者の農産物を販売するアンテナショップを作る”という決心をした。それが“メイド・イン・ジャパンからメイド・バイ・ジャパニーズへ”と読者に呼びかける本誌の責任だと考えるからだ。解決せねばならない課題は少なくないが、それを手始めに、中国の求められる市場に向けて、中国国内だけでなく豪州を含めた各地で日本人農業経営者が第二農場の経営を展開させていく一助としたい。

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