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新・農業経営者ルポ

父と地域と自分とで育てたブランド茶

 せっかく有機で味の良いものが出来るのだったら、リーフとして開発したい。そこで鈴木に商品化をもちかけた。

 だが、そのためには鈴木の父親の代から始めた共同組合の51人に有機栽培を広げてもらわなければならない。長田は前もってある程度の価格を提示した。これは、鈴木以外の茶葉は未知数な中で相当のリスクを取ることを意味していた。

 「お茶という商品は嗜好品なので、何が良くて何が悪いのか、実際のところはっきりとはわからない。だから生産者の人柄が大事だ」と長田は考えている。鈴木と話をしていくうちに山間地の水源を守りたいという真摯な考え方を知り、信用できると思った。

 ところが、今まで黙って見守ってきた鈴木の父親が初めて反対した。「無農薬は食えない。お前がやる分にはいいが、他の人に勧めるな」と言うのだ。父親が折れるまでには、数年を要した。

 いったん承知すると、父親は摘採の時期を仲間に積極的に指導した。木が心配で相談に来た仲間に、父親は言った。「茶の木を信じて毎日頑張れと言えば大丈夫だ。あんだけひどかった木も治ってきてるじゃないか」。普通は自分の茶畑に口を挟まれるのを嫌がる茶農家が父親の言葉を受け入れた。

 こうして鈴木らが住む集落砂川の名を使った有機培煎茶「いさがわ」が発売された。

 それまで製茶メーカーが商品名に一つの集落の名前を使うことはあり得なかった。2003年は地元新聞に全面広告を出した。今年は同社が使っているチラシの半分の面積を占めている。話題性のある商品として、それくらいアドバルーン的な扱いをされる商品となった。今では東京の高級スーパー「紀ノ国屋」をはじめ、全国各地の茶専門店も扱っている。

 「いさがわ」の開発は、鈴木や共同組合に新たな表現の場を与えた。パートナーとなる企業が現れたときに一緒にやっていけたのも、良い形で共同化が進んでいたからだった。

 山間地で一つの仕事をしようとしたとき、うまくコミュニケーションが取れていればうまくいく。それがないと「何で俺が有機栽培なんかやらなくちゃなんないんだよ」と言う人が出て終わってしまう。地元のコミュニティが先代からずっと積み上げてきた信頼関係が大事になる。

 自分の役割は、ムラの中と街を両方見た人の視点を持ち、その信頼関係に新しいやり方を乗っけてやってもらうことだ―山に入ってから10年、鈴木は一つの答を見つけた。

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