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新・農業経営者ルポ

勇気一つ。世界へ突き抜ける日へ

 その代わり、片岡はジャガイモとソバを作らせてもらった。地主たちにはソバの補助金だけでなく、ジャガイモで得た利益の一部も払うと言い聞かせ、なんとか理解にこぎつけた。

 ところが、今、地区では来年の作を巡って、話し合いの収拾がつかないでいる。次のローテーションで転作に該当する一部の地主が「どうせ、補助金が当たらなくなるのなら、自分で作ったコメを食べたい」と主張し始めたからだ。

 その言葉に片岡は体の力が抜けた。「自分で作る」と言うが、現実には機械利用組合の水稲農機を使い、そのオペレーションや整備には片岡が時間を割いている。乾燥調整施設にしても、地区の人たちは代金を払って片岡家のものを使う。その意味では「自分で作ったコメ」など、とうの昔に存在しなくなっている。

 このまま話し合いがまとまらなければ、地区の転作田は虫食いとなり、来年のジャガイモ作に向けての準備が進められない。地区で唯一の専業農家が片岡なのだから、皮肉としか言いようがない状況だが、これは日本農業の歪みを象徴する現実なのかもしれない。

 「農地は、作物を食べてくれる人のための公共物でもある」。地区で、そう訴え続けてきた片岡自身、これほど虚しいエゴイズムを見せ付けられるとは、想像もしていなかった。

 「落胆しますよね。今まで地区で責任を果たそうとしてきたのに、なんにも伝わってなかったのかと。土地にしがみつく人の気持ちはわかります。だけど、私自身もまだムラの中で手足を縛られているんだな」

 歪んだ現実に翻弄されれば、うっ屈が積み重なる。果たして突破口は見えてくるのか。


オーストラリアの夢を現実構想に

 片岡は今年から、同じ市内で水稲の受託を手掛ける白竹保隆との共同作業を始めた。白竹は現在、26歳。片岡同様、兼業農家の家に生まれ、いくつかの職を経て、就農した若者だ。

 受託者同士、これまでも圃場付近ですれ違ったことはあった。

 「片岡さんは近寄りがたかった。仕事はきっちりしているし、僕なんかには、遠い存在でしたよ」と、白竹は言う。

 片岡の方も「若いのがやってるな」と視線を送るぐらいで、声をかけたりはしなかった。その2人を地元の改良普及員が引き合わせ、何度か話すうちに気が合った。白竹が今年、転作も引き受け始めたのを機に、片岡は畑作機械と労力を提供することにした。

 白竹は、水田の受託を1人で10haこなしている。「彼、農家への営業がなかなか上手いんですよ」と片岡は評す。また、二人の力を合わせることで、より多くの地区から農地を集められれば、しがらみや個別事情に振り回されなくても済むメリットが見込める。近い将来、会社を立ち上げ、経営を統合できないかと、今二人は考えている。

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