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新・農業経営者ルポ

トンボが守りホタルが証明する高品質

福井県鯖江市の内田農産の水田には、トンボなどの益虫やカエル、ツバメなどが大量に見られる。夜間はホタルが舞い、これを見に市の内外から多くの人が訪れる。代表の内田秀一氏は「自分は無農薬論者ではない」と断言。最低限の適正な農薬使用で「自分が子供の頃の田んぼの風景」を取り戻した。この圃場を顧客に見せることで、高品質、安全、安心なコメであることをアピール。多くの支持を得ている。
 傾きかけた日の光を受けて、無数のトンボたちが水田の上を舞っているのが見える。

 「まさにトンボの世界です」と(有)内田農産代表取締役の内田秀一氏。西日に目を細めながら、満足そうに水田を眺める。「トンボだけじゃない。イネの間にはクモが巣を張っている。カエルもいる。その下にはアメンボがいて、水面に虫が落ちたら捕まえようと待っている。そしてトンボの上にはツバメ……。これだけ虫を食う生き物がいれば、カメムシなんか増えっこないんですよ」。

 人間にとってはのどかな風景だが、「害虫たちにとっては地獄に見えるはず」(内田氏)という。これが内田氏の言う「トンボの世界」だ。


ホタルを観る会を催し夜の水田に1000人集める

 内田農産の圃場の特徴となる生き物は、これだけではない。

 水田にはタニシが棲み、大量のメダカやフナが泳ぐ。用水路や近くの小川にはマシジミ、カワニナが多い。この川にはオシドリが棲みついており、地元の野鳥愛好家たちの注目の的となっている。

 さらに、一帯を見下ろす山の登り口付近には何羽ものアオサギが巣を作り、水田と山の間を優雅に往復する姿が見られた。

 また、「水田にはケリが巣を作る。田植えの時はその巣を迂回して作業する」(内田氏)ため、水田の何箇所かに空白地帯ができている。

 だが、内田農産の圃場の名物と言えば、何と言ってもホタルだ。

 例年6月中旬に、地域のいろいろな会の協力や後援を受けて「ホタルを観る会」を開催している。開催に当たっては新聞に広告を打ち、集まった人にはホウ葉飯などをふるまう。「今年は鯖江市内外から約1000人が集まった」(同)。夜の水田脇に地域の人々だけでなく、遠方からも大型バスが乗り付け、農道に人があふれた。

 この時見られるのはゲンジボタルだが、下旬にはヘイケボタルが現れ、これを観察する会も開催する。

 内田氏は、「私が子供の頃の田んぼの風景はこうでした。やっと、そういう状態に戻すことができたんです」と、感慨深げに語る。


無農薬論者ではないただし一斉防除はしない

 これほど昆虫や鳥類を意識しているのならば、無農薬栽培かと短絡してしまいがちだが、内田氏は「私は無農薬論者では全くない。農薬はせっかくの文明の利器。使わない手はない」と、あっさり否定する。

 では一般に取り組みやすい栽培法かと言えば、そうとは言いにくい。

「ホタルが舞う水田」―― 村おこしの成功事例として、内田農産の圃場に興味を示す県内外の農家は少なくない。実際、内田氏の元には、年に何度か水田にホタルを呼び戻す方法を尋ねる電話がかかってくる。

 内田氏はそうした問い合わせには何も隠すことなく自分が取り組んでいる栽培方法を伝え、アドバイスするという。ただし、たいていの人はアドバイスの最初の一言、「一斉防除の区域から外してもらうこと」でつまづくという。

 「私が圃場で目指すのは、益虫が増える環境を作り、それによって害虫の発生を抑えること。ところが、一斉防除で何度も殺虫剤を撒くと、益虫まで死んでしまう。だから、一斉防除をやめることが第一歩」と語る内田氏だが、たいていの人にとってそれがほとんど不可能なことは、よく承知している。農協や行政、あるいは他の農家との間に軋轢を生じる場合がほとんどだからだ。

 それをクリアする方法に王道はない。内田氏がそうであったように、各自各様に悩むしかない。

 ただ、決め手となる条件はあるという。「うちの場合、合計45ha、一帯の5集落の7割の田んぼを耕作している」(内田氏)。一斉防除除外は、これだけ圃場がまとまっていたから発想し、言い出せたことだという。

 もちろん、これだけの面積を集めるには、地域の人々との信頼関係が重要だ。内田氏の場合は、長年高めの小作料を「配当と考えて」支払ってきたことと、「プロとしての完璧な圃場管理」で信用を得てきた。

 完璧な圃場管理とは、栽培期間の作業だけでなく、借地への暗渠敷設を「他人の田ではなく、我が田と同じと考えて」(内田氏)、自費で実施してきたことなども含まれる。

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