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新・農業経営者ルポ

「誘惑を牽制する」という名の健全経営

 有機農業研究会が71年に、「消費者と生産者の提携」という言葉を使いはじめる20年以上前のことだ。

 「間違わない」信頼の食べ物づくりのために最善を尽くす父の農業思想は、秋川氏の実際の行動にも深く根付いている。鶏インフルエンザに感染した鶏が最初にみつかったのは、秋川牧園のある山口市に隣接する阿東町の養鶏場だった。実にその発見の1ヶ月前、韓国での感染が発表されるや否や、秋川氏は自らをトップとする防疫対策本部を設置。万が一の感染ルートを断つための作業・時間刻みのアクション・プランを講じた。

 中でも際立っているのが、通常は鶏舎の中に入って集荷する専門業者に「農場への出入お断り」をいち早く告げ、養鶏担当スタッフだけでは間に合わない集荷作業を他の社員で分担して行ったことだ。隣町の養鶏場で感染が見つかると、管理がさらに強化されたのは言うまでもない。徹夜の日々が続き、防疫対策マニュアルは毎日更新され80ページにまで及んだ。「緊急事態には、瞬時に状況判断して決断する繰り返し。解決する事自体をゲームのように楽しむ余裕が必要」という。

 激しい国際競争での敗北から再起を図って32年、秋川牧園には「食べ物づくり」に徹するために彼が下してきた数々の決断がある。技術開発から品質管理、経営参加制度、鶏インフルエンザ防疫まで。これらの決断はすべて、今後「秋川牧園が100年後も200年後も農業と食の理想を追求」していけるための、ほんの下準備にすぎないのかもしれない。(浅川芳裕)

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